FinanScope の1年半の軌跡 ─ 機能追加、開発の流れを紹介

FinanScope の1年半の軌跡 〜機能追加、開発の流れを紹介

デジタルキューブ 取締役/ 公認会計士・税理士 和田 拓馬

上場準備クラウド「FinanScope」は、2023年10月のローンチから1年半が経過しました。この間、TOKYO PRO Market(TPM)の上場企業数は90社から133社(2023年末から2024年末時点)へと着実に増加し、地方企業の新たな成長戦略として注目を集めています。

私たちのサービスも、地方企業の成長支援を中心としたプラットフォームとして進化を続けてきました。2025年には最初の FinanScope 利用企業の上場が予定されており、サービスの実効性を示す重要な転換点を迎えようとしています。

本稿では、自社の上場準備と M&A 経験から生まれた FinanScope が、どのように機能を拡充し、地方企業の課題解決に貢献してきたのか。その1年半の軌跡を、開発責任者としての視点から振り返りたいと思います。

サービス立ち上げの背景

日本の上場企業社数は概ね4,000社程度で、その約8割が首都圏に集中し、地方からの上場はわずか2割程度にとどまっています。しかし、これは地方に優良企業が少ないということを意味するわけではありません。

私は香川県の出身で、監査法人での経験を経て地元に戻った際、数多くの優良企業の存在を再認識しました。地方から新たな上場企業を生みだすことで、地方経済を盛り上げるチャンスだと思いました。

しかし、これらの企業の多くは、上場という選択肢を十分に検討できていない状況でした。その背景には、3つの大きな課題がありました。

第一に、上場準備プロセスの不透明さです。2022年、私たちデジタルキューブが上場準備を始めた際、最も苦心したのがプロジェクト管理でした。タスクはメールと Excel で管理され、担当者間でのバージョン管理に混乱が生じ、重要な期限を見落とすリスクと常に隣り合わせでした。月次の定例会では、進捗確認だけで数時間を費やすこともありました。

第二に、企業価値評価の難しさです。非上場企業の価値を適切に算定する手段が限られており、特に地方企業は、類似する上場企業との比較が困難であったり、経験者が少ないため気軽に相談できる相手も限られるという状況がありました。2022年12月のヘプタゴンとの M&A 時には、この課題を直接経験することになります。

第三に、地理的な制約です。上場準備には証券会社や監査法人との密な連携が必要ですが、これらの専門家の多くは都市部に集中しています。また、上場企業に勤める知り合いはいても、上場を自ら経験した経験者が身近におらず、相談できる経営者仲間や専門家がいない点も課題です。地方企業にとって、物理的な距離は大きな障壁となっていました。

しかし、これらの課題は、テクノロジーの力で解決できるはずでした。私たちの上場準備やM&Aの経験を通じて得た知見を、クラウドサービスとして提供する。それが FinanScope の構想でした。

当初は小規模なプロジェクトとして始まりましたが、証券会社の方々から「地方企業の DX を加速させる可能性がある」との評価をいただき、本格的な開発に踏み切りました。地方企業の可能性を最大限に引き出すための支援ツールとして、FinanScope は誕生したのです。

主要な機能の進化

FinanScope は、この1年半でいくつかの重要なマイルストーンを迎えました。各段階で、実務家の声に耳を傾けながら、本質的な課題解決に取り組んできました。

価値を可視化する:FinanScope Valuation(2023年10月)

ローンチ時の核となる機能が、企業価値評価でした。これは、私たちがヘプタゴンとの M&A で直面した課題から生まれました。

当時、企業価値の算定には大きく2つの問題がありました。一つは、算定に時間がかかること。もう一つは、事業計画の修正による影響を即座に確認できないことでした。経営判断のスピードが求められる中、この遅さは深刻な課題でした。

FinanScope Valuation は、この課題を解決します。事業計画と決算書をアップロードし、類似企業を選択するだけで、DCF 法、類似会社比較法、時価純資産法の3つの方法による算定結果が即座に表示されます。さらに、クラウド上での事業計画の修正が、リアルタイムで企業価値評価に反映される仕組みを実現しました。

プロジェクト管理を革新する:FinanScope Management(2024年1月)

上場準備や M&A プロジェクトの効率化という課題に応えるため、Management 機能の提供を開始しました。この機能は、それまでメールや Excel で行われていた複雑な管理作業を一元化し、直感的なプロジェクト管理を可能にします。

特に重視したのは、以下の3点です。

  • タスクの標準化:必要なプロセスを明確化し、実行時期を最適化
  • 文書管理の効率化:必要書類の形式や準備時期を明確に提示
  • 進捗の可視化:関係者全員でリアルタイムに進捗を共有

この機能により、上場準備や M&A プロジェクトの「見える化」が実現し、より戦略的なプロジェクト推進が可能になりました。

ステップアップ・スタートアップを支援する:一般市場 IPO 対応(2024年5月)

TPM 上場企業の増加に伴い、次のステージを見据えた機能拡充が必要になっていました。一般市場への移行を検討する企業が、スムーズに準備を進められる環境が求められていたのです。また、最初から東証グロース市場を目指したいという、野心のあるスタートアップのニーズにも応える必要が出てきました。

そこで、J-SOX 対応や各種ガバナンス構築のための40以上の規定集とチェックリストを実装しました。これらは、監査法人での実務経験を持つ専門家チームが、一つひとつ内容を精査して作成したものです。単なるテンプレートではなく、実践的なノウハウが詰まった支援ツールとなっています。

プロジェクトを加速する:ガントチャート機能(2024年11月)

Management をさらに強化する形で、ガントチャート機能を実装しました。上場準備の現場からは、「全体の進捗が見えにくい」という声が多く寄せられていました。特に、プロジェクトチーム内での定例会議や、外部の専門家との共有において、視覚的な進捗管理の必要性が高まっていました。

新たに実装したガントチャート機能は、単なるスケジュール表示にとどまりません。タスクの依存関係や、ステータス・担当者の可視化により、プロジェクト全体の最適化を支援します。さらに、担当者ごとの負荷状況も一目で把握できるため、リソース配分の調整も容易になりました。

今後の機能拡充に向けて

現在、開示対応を効率化する機能など、実務での新たな課題解決に向けた開発を進めています。特に注力しているのは、上場申請書類・審査書類への対応です。例えば、生成 AI を活用した申請書類の作成の効率化や他社事例の反映など、プロジェクト管理の次に生じる課題解決のための機能を検討しています。

活用事例とユーザーの声

FinanScope の導入企業の多くは地方企業です。これらの企業は、規模や業種は異なるものの、共通して「持続可能な成長」という課題に直面していました。

デジタルマーケティングのスタートアップ:上場準備の第一歩

「上場準備には非常に多くのタスクが存在するなかで、何をどの順番で着手すべきかが不明瞭でした。FinanScope を利用することで、各タスクの明確化・優先順位付けが可能になるのではと考え、導入を決めました。また必要書類の管理や関係者への共有など、上場準備の効率化を図ることができると思います」
(ナウビレッジ株式会社 代表取締役 今村邦之 様)

スポーツビジネスの新たな挑戦:実務者の視点から

「IPO 準備で大変なことのひとつがタスク管理で、やればやるほど『こんなに指摘事項あったっけ?』と後から気づくことが多く、非常に暗い気持ちになることもありました。FinanScope を導入したことで、これらのタスクを一括で管理できるようになり、今どのタスクがどの程度進んでいるのかが一目でわかるようになりました」
(香川オリーブガイナーズ球団 株式会社 代表取締役社長 福山敦士 様)

企業価値評価の実践:経営判断のツールとして

「資金調達の交渉において、企業価値の主張に対する客観的なエビデンスを提示できるようになりました。事業会社との交渉では、このツールを使って算出した数字が、議論のスタートポイントとして非常に有効でした。チーム内でも企業価値を意識した行動や思考が促進され、アウトプットを意識した資料作りや、より戦略的な事業計画の立案など、チーム全体の意識が変わったことを実感しています」
(株式会社 Soilook 代表取締役 西藤翼 様)

データで見る活用効果

これらの事例から、以下のような具体的な効果が確認されています。

  • タスク管理効率の向上:後追いでの指摘事項発見が約70%減少
  • 意思決定の迅速化:企業価値評価のシミュレーション時間が平均90%短縮
  • チーム全体の意識改革:経営指標を意識した行動の促進

特に注目すべきは、単なる業務効率化だけでなく、組織全体の経営に対する意識向上にも貢献している点です。

支援者からの評価

証券会社や監査法人からも、高い評価をいただいています。ある大手証券会社の IPO 支援部門責任者は、「地方企業の上場支援において、距離や時間の制約を大きく軽減できる画期的なツール」と評価。監査法人からは、「内部統制構築のプロセスが可視化され、効率的な監査が可能になった」との声が寄せられています。

パートナーシップの展開

FinanScope は、単なるソフトウェアツールを超えて、地方企業の成長を支援する包括的なプラットフォームを目指しています。その実現のために、戦略的なパートナーシップの構築を進めてきました。

開示実務のデジタル化:プロネクサスとの業務提携

2024年10月に実現したプロネクサスとの業務提携は、上場準備における大きな課題の一つを解決します。プロネクサスの開示書類作成支援システム「PRONEXUS WORKS」との連携により、上場準備の初期段階から開示書類作成まで、一貫したデジタル環境が実現しました。

政府認定による信頼性向上:IT 導入補助金2024

2024年7月には、経済産業省が実施する「IT 導入補助金2024」の対象ツールとして認定を受けました。これにより、導入を検討する企業は最大50%の補助金を活用できるようになりました。

この認定の意義は資金面のサポートにとどまりません。政府による認定は、サービスの信頼性と有効性の証明となり、特に地方企業からの評価向上につながっています。

地域に根ざした支援体制:地方金融機関との連携

現在、最も注力しているのが地方金融機関とのパートナーシップです。例えば、佐賀銀行が TPM の支援免許「J-Adviser」を取得したように、地方金融機関自体が上場支援に積極的な姿勢を見せ始めています。このような動きを支援すべく、IPO実務に関わる実践的な研修プログラム提供やサポートメニューの開発を進めています。

今後の展望

FinanScope は、単なるツールの提供を超えて、日本の地方経済に新たな可能性を開く変革を目指しています。その実現に向けて、3つの重点施策を設定しました。

1. 知の共有:教育プラットフォームの構築

最も重要な取り組みが、上場準備や M&A に関する知見を広く共有する教育プラットフォームの構築です。具体的には、上場実務に関する e ラーニングの開講やオフラインでの勉強会の開催、実際の上場事例を基にした研修、上場経験者や専門家によるメンタリングの機会の提供などです。

2. 業務効率化:バックオフィス支援の進化

上場後の実務を見据えた機能拡充を行います。特に、開示業務の AI を活用した効率化や、IT を含む内部統制の設計・運用の支援、業務プロセスの DX 化を支援します。IPO を目指す企業にとって不足しているバックオフィス人材の紹介についても取り組んでまいります。

3. 地域エコシステムの確立

そして最後に、地域ごとの成長支援エコシステムの構築です。各地域における官公庁や大学、地域金融機関、支援専門家と連携し、地域間交流を含めた協力体制をつくることで、地方から成長企業を支援していきたいと思います。

市場環境の変化を見据えて

数年以内に TPM への新規上場数がグロース市場を上回る可能性があると予測しています。この変化は、地方企業にとって大きなチャンスとなります。特に注目すべきは、以下の点です。

  1. 地方企業のデジタル化加速
    ・リモートワークの定着による立地制約の緩和
    ・デジタル技術を活用した生産性向上
    ・オンラインでの販路拡大
  2. 事業承継問題への対応
    ・M&Aを通じた事業存続の選択肢
    ・経営の近代化と価値向上
    ・次世代経営者の育成
  3. 地域金融の進化
    ・投資型金融への移行
    ・事業性評価の高度化
    ・フィンテックとの融合

私たちのミッション

最後に、私たちの目指す未来像を共有させていただきます。

FinanScope は、単なる DX ツールではありません。地方企業の持続的な成長を支援し、日本経済の新たな成長エンジンを創出するプラットフォームを目指しています。
上場や M&A は、その過程で組織がダイナミックに進化し、経営のステージを引き上げる重要な機会です。この機会を、より多くの地方企業に提供していきたい。そして、各地域に根ざした形で、持続可能な成長モデルを確立していきたい。

それは、一朝一夕には実現できない挑戦かもしれません。しかし、地方から日本を変えていく。その思いを胸に、一歩一歩前進していきたいと考えています。