バックオフィスのデジタル化と上場準備 – 二つの課題を同時に解決する方法

バックオフィスのデジタル化と上場準備 - 二つの課題を同時に解決する方法

デジタルキューブ 取締役 / 公認会計士・税理士 和田 拓馬

多くの成長企業が直面する二つの大きな課題があります。一つはバックオフィス業務のデジタル化、もう一つは上場準備です。これらの課題は一見別々のようで、実は深い関連性があります。本稿では、クラウドツールを活用してこれら二つの課題を同時に解決するアプローチについて、私たち自身の上場経験も踏まえながらご紹介します。

二つの課題の親和性

バックオフィスのデジタル化と上場準備は、共に企業の経営基盤を強化するための取り組みです。この二つの課題には、実は多くの共通点があります。

共通する要素

  1. 業務の可視化と標準化:上場準備では内部統制の確立のために業務プロセスの可視化と標準化が必要です。同様に、バックオフィスのデジタル化でもワークフローの明確化と標準化が不可欠です。
  2. 証跡管理の重要性:上場審査では意思決定プロセスや業務執行の証跡が厳しく問われます。デジタル化によってこれらの証跡を自動的に記録・管理することができます。
  3. 情報の一元管理:上場企業には迅速かつ正確な情報開示が求められますが、これはバックオフィス業務の一元管理によって大きく効率化されます。

デジタルキューブが2022年秋から上場準備を開始し、2024年10月にTPM上場を実現した経験からも、この二つの課題を同時に解決することの重要性を実感しています。上場準備の過程で、管理部門の体制強化と同時にバックオフィス業務のデジタル化を進めることで、より効率的かつ持続可能な経営基盤を構築することができました。

クラウドツールがもたらす相乗効果

特に「クラウド化」というアプローチは、上場準備とバックオフィスのデジタル化という二つの課題を同時に解決する上で技術的観点から大きな相乗効果をもたらします。

クラウドツールが実現する業務変革

  1. システム連携と業務の最適化
    • API 連携による各システム間のシームレスな情報連携
    • データの二重入力の排除と業務効率の向上
    • 会計・経費・給与などの一元的管理
  2. デジタル証跡と内部統制の両立
    • 電子承認フローによる業務プロセスの標準化
    • 監査証跡(Audit Trail)の自動記録と保存
    • アクセス権限の細かい設定による権限分離の実現
  3. リアルタイムでのデータ活用による経営判断の高度化
    • 経営データへのリアルタイムアクセスの実現
    • 予実管理の精度と効率の同時向上
    • データドリブンな意思決定の促進
  4. セキュリティとコンプライアンスの強化
    • クラウドベンダーによる常時最新のセキュリティ対策
    • 規制対応の自動化(データ保護、バックアップなど)
    • 監査対応の効率化と透明性の向上
  5. スケーラビリティと将来対応
    • 企業成長に応じた柔軟なシステム拡張
    • 新規制や会計基準変更への迅速な対応
    • 上場後の継続的な開示要件への適応

これらの技術的効果は、一般的なデジタル化の文脈でも重要ですが、特に上場準備という特定のプロジェクトと組み合わせることで大きな相乗効果を生み出します。例えば、監査法人対応のための証跡管理と業務効率化が同時に達成できる点や、リアルタイムの経営データ活用により、上場審査で重視される経営管理能力の証明が容易になるといった点が挙げられます。

私たちの経験では、クラウドシステムの戦略的導入により、上場準備というプロジェクト期間中にも、通常の業務運営を効率化しながら両立させることができました。これは単なる「デジタル化による効率向上」を超えた、経営基盤そのものの強化という価値を提供してくれるのです。

上場準備とデジタル化を同時に進める実装ステップ

上場準備とバックオフィスのデジタル化を同時に進めるための実践的なステップをご紹介します。

フェーズ1:現状分析と計画策定(3〜6ヶ月)

このフェーズでは、現状の業務プロセスを分析し、上場とデジタル化の両方を見据えた計画を策定します。当社の経験では、この段階で2か年計画を策定し、ゴールから逆算したタイムラインを明確にすることが重要でした。

  • 現状分析
    • 既存の業務フローとシステムの棚卸
    • ボトルネックの特定
    • 上場準備に向けた要件の洗い出し
    • 内部統制要件の理解(例:仕訳の起票者と承認者の分離)
  • 計画策定
    • デジタル化と上場準備の統合ロードマップの作成
    • 必要なリソース(人員、予算、時間)の確保
    • 優先順位の決定(人材採用、システム導入の順序)
    • 監査法人・証券会社との契約タイミングの設定

フェーズ2:基盤構築(6〜12ヶ月)

このフェーズでは、デジタル化と上場準備の両方に対応する基盤を構築します。私たちの経験では、この段階で内部統制の要件を理解し、それに対応するシステム導入が特に重要でした。

  • コアシステムの導入
    • クラウド会計システムの導入(特に承認機能が重要)
    • プロジェクト管理ツールの設定
    • ドキュメント管理システムの設定
    • 経費精算・給与計算などのバックオフィスシステム導入
  • 業務プロセスの標準化
    • 主要プロセスのフロー図作成
    • 標準作業手順書の整備
    • 内部統制の基礎的な仕組みの構築
    • 承認プロセスのデジタル化

フェーズ3:運用と高度化(12〜18ヶ月)

このフェーズでは、導入したシステムの運用体制を確立し、高度化を図ります。

  • 運用体制の確立
    • ユーザーへの教育と浸透
    • モニタリング体制の構築
    • 継続的改善の仕組み作り
  • 高度化
    • システム間連携の強化
    • 分析機能の拡充
    • 自動化の範囲拡大

フェーズ4:本格的な上場準備(18〜24ヶ月)

デジタル基盤を活かした上場準備の本格化です。

  • 上場申請に向けた対応
    • 開示資料の作成
    • 監査対応
    • J-Adviser や監査法人との連携強化
  • 開示体制の確立
    • 情報開示のためのプロセス整備
    • 投資家向け IR 体制の構築
    • 上場後の継続開示対応の準備

このようなステップで進めることで、上場準備とデジタル化の取り組みを効率的に進めることができます。各フェーズには重複する部分もありますが、これは同時進行による相乗効果を生み出すためのものです。

具体的なクラウドツールの活用法

上場準備とバックオフィスのデジタル化を同時に進める上で、具体的にどのようなクラウドツールをどう活用すべきかをご紹介します。私たちの経験に基づく実践的な活用法です。

1. 上場準備に特化したツール

FinanScope Management

  • 上場準備のタスク管理をクラウド上で一元化
  • 進捗状況のリアルタイム共有
  • 規程類のテンプレート提供
  • ガントチャートによるスケジュール管理

これにより、「何をいつまでに誰がやるべきか」が明確になり、特に上場経験のない企業でも効率的にプロジェクトを進めることができます。

2. 会計・財務系クラウドツール

会計システム

  • 承認機能を備えた会計システム(内部統制対応)
  • 月次決算の早期化と精度向上
  • データの一元管理と正確性の確保
  • 監査対応の効率化

特に上場準備においては、内部統制の要件に対応した承認機能と、月次決算の早期化・精度向上が重要です。私たちはマネーフォワード クラウド会計Plusを活用し、監査法人にも必要に応じてIDを発行して直接確認してもらえる体制を構築しました。

3. 経費精算・決済管理

経費精算・法人カード管理

  • スマホで領収書をデジタル化
  • 自動仕訳連携
  • 申請・承認フローのデジタル化
  • 証憑の一元管理

経費精算は従来、多くの紙と手作業が発生する領域でしたが、クラウド化によって大幅に効率化できる代表的な業務です。スマホアプリを活用した領収書のデジタル化など、ユーザーの利便性も向上します。私たちの管理部メンバーは地理的に分散していますが、クラウド経費精算により出社することなく効率的に業務を行えています。

4. 人事・労務系クラウドツール

給与・年末調整

  • 給与計算の効率化と正確性向上
  • 社会保険手続きのデジタル化
  • 年末調整のペーパーレス化
  • データの一元管理と分析

人事・労務業務も上場準備には欠かせない領域です。クラウド化により、従業員情報の管理や給与計算、社会保険手続きなどを効率化でき、リモートでも業務を継続できます。

5. ドキュメント管理と情報共有

クラウドストレージとコラボレーションツール

  • 重要文書の一元管理
  • バージョン管理の自動化
  • アクセス権限の細かい設定
  • 監査証跡(Audit Trail)の記録

上場準備では膨大な文書作成と管理が必要になりますが、クラウドベースのドキュメント管理ツールにより、効率的かつセキュアに対応できます。

6. ツール間連携の重要性

これらのツールを単独で導入するのではなく、API連携やデータ連携によって一つのエコシステムとして機能させることが重要です。

<例>

  • 会計システムと経費精算の連携
  • プロジェクト管理ツールとのタスク連携
  • 承認システムとドキュメント管理の連携

このような連携により、データの重複入力を避け、情報の一貫性を保ちながら業務を効率化することができます。私たちの経験では、ユーザー ID の共通化や API 連携の容易さが、システム選定の重要な判断基準となりました。

地方だからこそクラウドツールを活用すべき4つのメリット

クラウドツールを活用した上場準備とデジタル化の同時進行は、特に地方企業にとって大きなメリットがあります。私たち自身、神戸に本社を置き、各地に分散したメンバーで構成される企業として、その恩恵を実感しています。

1. 地理的制約の克服

  • 東京の証券会社や監査法人との物理的な距離を克服
  • オンラインでの打ち合わせや情報共有が容易に
  • 移動コストと時間の大幅削減

私たちの場合、神戸本社に対し、管理部メンバーは香川、京都、東京、山梨など全国各地に分散していますが、クラウドツールの活用により、管理部スタッフの本社への出社は月1回程度にまで削減できました。これは移動コストの削減だけでなく、優秀な人材確保にも大きく貢献しています。

2. 情報格差の解消

  • 最新の上場関連情報への迅速なアクセス
  • 標準化されたベストプラクティスの活用
  • 成功事例の共有と学習

例えば、クラウド上での規程や契約書のテンプレート活用により、東京の大手企業と同等レベルの文書を効率的に作成できるようになります。また、最新の法令改正や開示要件の変更などの情報にもタイムリーにアクセスできるようになります。

3. 専門人材の確保と採用競争力の向上

  • 地方では確保が難しい専門人材に全国からアクセス可能
  • フルリモートワークという魅力的な労働環境の提供
  • 副業・複業人材の活用機会の拡大
  • ワークライフバランスの実現

当社の採用プロセスでも、「上場を目指す企業でフルリモート勤務可能」という点をアピールすることで、全国から優秀な人材を確保することができました。特に上場準備に不可欠な経理、財務、法務といった専門性の高い人材は地方では採用が難しい場合が多いものです。クラウドツールの活用によるフルリモートワークの実現は、こうした人材確保の課題を解決する有効な手段となります。

4. コスト効率の最大化

  • オフィススペースの最適化
  • 地方の生活コストを活かした働き方の実現
  • 初期投資の抑制(クラウドの月額課金モデル)

クラウドツールの導入は、初期投資を抑えつつ、月額課金モデルで段階的に機能を拡充できるため、資金的制約のある地方企業にとっても取り組みやすいアプローチとなります。また、リモートワークにより、働く人は地方に住みながら都心部並みの報酬を得られる可能性が広がり、企業側も地域を問わず優秀な人材にアクセスできるという双方にメリットがあります。

これらの点から、クラウドツールの活用は地方企業が上場を目指す上での同等の競争条件を実現する重要な手段と言えるでしょう。

導入における注意点と対応策

クラウドツールを活用した上場準備とデジタル化を進める上での注意点と対応策をご紹介します。

1. セキュリティリスクへの対応

  • クラウドサービス選定時のセキュリティ認証確認(ISO27001など)
  • アクセス権限の適切な設計と定期的な見直し
  • 社内のセキュリティ教育と意識向上

2. システム連携の複雑性

  • 段階的な導入による複雑性の管理
  • 連携要件の明確化と検証
  • 専門家によるサポートの活用

3. 変化への抵抗感

  • 経営陣のコミットメントと明確なビジョン共有
  • ユーザー研修と継続的なサポート
  • 小さな成功体験の積み重ね

4. コスト管理

  • 総所有コスト(TCO)の視点での評価
  • IT 導入補助金などの支援制度の活用
  • 段階的な投資計画の策定

これらの点に留意しながら計画的に進めることで、リスクを最小化しながらメリットを最大化することができます。

当社の経験から

私たちデジタルキューブは、2022年秋に上場準備をスタートさせましたが、当時は管理部門自体が存在せず、社長1人がバックオフィス業務を担当している状況でした。私が CFO として入社した時は、管理部の一人目として、まさに「ゼロから」の上場準備という挑戦でした。

1. 計画的なアプローチと人材採用

まず取り組んだのは、上場目標の年度を設定し、そこから逆算して2か年計画を策定することでした。この計画には以下の要素を盛り込みました。

  • 社長から業務を引き継ぎ、現状分析と課題抽出
  • 優先順位に基づいた人材採用計画(経理→財務→労務)
  • 必要なクラウドシステムの選定と導入タイミング
  • 監査法人や証券会社との契約タイミング

限られたリソースの中で上場準備を進めるには、このような計画的なアプローチが不可欠でした。特に重要だったのは、上場に必要な内部統制の要件(例:仕訳の起票者と承認者の分離)を理解し、それに基づいて人材とシステムの要件を明確化することでした。

人材採用については、当初計画より半年以上遅れる課題もありましたが、「上場を目指す企業でフルリモート勤務可能」という求人の希少性をアピールすることで、最終的に優秀な人材を確保することができました。

2. クラウドシステムの段階的導入

上場準備以前から会計システムとして「マネーフォワード クラウド会計」を利用していましたが、上場準備に合わせて承認機能を備えた「クラウド 会計 plus」に移行しました。さらに、経費精算、給与計算、年末調整など、バックオフィス業務全般をカバーするクラウドシステムを順次導入していきました。

システム導入の際に重視したポイントは以下の通りです。

  • API 連携による業務効率化
  • ユーザーの使いやすさ(特にスマホアプリの活用)
  • 内部統制に対応した機能(承認フロー、証憑管理など)
  • ID 管理の一元化

3. リモートワークを前提とした業務設計

神戸に本社を置く当社ですが、私自身は香川県に在住しており、管理部メンバーも様々な地域に分散しています。このような地理的制約の中でも効率的に働けるよう、クラウドシステムを徹底的に活用しました。

例えば、経費精算では領収書をスマホで撮影し電子化、承認フローもオンラインで完結するようにしました。必要な出社は月に1回程度にまで削減でき、上場準備という繁忙期にもかかわらず、ほとんど残業のないフルリモートでの管理部運営を実現しています。

4. 監査対応の効率化

クラウドシステムの活用は、監査対応においても大きなメリットをもたらしました。承認プロセスや文書改訂履歴などの証跡が自動的に記録され、監査法人への説明や証跡提出が格段に効率化されました。

必要に応じて監査法人にもユーザー ID を発行し、システムを直接確認していただけるようにしたことで、柔軟性の高い監査対応が可能になりました。

5. 次のステップへ

これらの取り組みの結果、2024年10月に予定通り TPM 上場を果たすことができました。現在の目標は一般市場への上場であり、管理部メンバーは IPO 実務検定などの勉強に励み、組織全体のレベルアップを図っています。

また、私たちの上場準備経験をもとに開発した「FinanScope」は、IPO や M&A に必要なタスクをクラウド上で一元管理できるサービスです。自社の経験から生まれたこのサービスを通じて、他の企業の成長も支援していきたいと考えています。

まとめ:持続可能な経営基盤の構築に向けて

バックオフィスのデジタル化と上場準備は、単に個別の課題ではなく、企業の持続可能な経営基盤を構築するための両輪と言えます。クラウドツールを活用してこれらの課題に同時に取り組むことで、単に効率化だけでなく、経営の質そのものを高めることができます。

上場はゴールではなく、持続的成長のための新たなスタートラインです。上場準備とデジタル化に同時に取り組むことで、上場後も持続的に成長できる強固な経営基盤を構築することができるのです。

地方から日本を変える—その思いを胸に、私たちはこれからも技術の力で企業の成長を支援していきたいと考えています。

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