
デジタルキューブ 取締役/ 公認会計士・税理士 和田 拓馬
地方企業にとって、上場の壁は依然として高く感じられます。ロールモデルの不在、情報へのアクセスや人材の確保、さらには専門家との物理的な距離など、様々な課題が存在しているためです。しかし、2009年に開設された TOKYO PRO Market(以下、TPM)という新しい選択肢の登場と、テクノロジーの進化が、この状況を大きく変えようとしています。
私は公認会計士として多くの企業の財務や経営に関わる中で、地方企業が持つポテンシャルとそれを活かしきれていない現状のギャップを常に感じてきました。本稿では、自身の経験を踏まえながら、地方企業の上場における新しい可能性について、具体的な事例とともにお伝えしていきたいと思います。
目次
地方企業における上場の位置づけの変化
私は香川県の出身で、京都での勤務や香港での駐在を経て30歳で地元に戻りました。その時、地方企業の潜在力と、それを活かすためのプラットフォームとしての TPMの可能性を強く感じました。
TPM の特徴は、形式基準(株主数・流通株式・利益の額などの数値基準)を設けていないことです。これは単なる「基準の緩和」ではなく、中小企業や地方企業の実態に即した、極めて現実的な選択肢となっています。
実際、TPM への新規上場企業数は急速に増加しています。2024年には50社が新規上場を果たし、2024年末時点で上場企業数は133社に達しました。上場企業の半数以上は、東京以外に本社を置く企業です。この数字が示すように、TPMは地方企業の新たな成長戦略として確実な実績を積み重ねています。
TPM で上場支援を行うためには「J-アドバイザー」という審査資格を取得する必要がありますが、ここに地方金融機関が参入するという新しい動きも出ています。例えば、佐賀銀行は2024年に「J-アドバイザー」を取得し、地域に根差した形での支援体制も整えています。これは、TPM が単なる「東京の話」ではなく、地域経済の活性化に直結する取り組みとして認識されている証左といえるでしょう。
TOKYO PRO Market がもたらす可能性
こうした新たな可能性を提供している TPM は、地方企業にとって具体的にどのようなメリットをもたらすのでしょうか。注目すべきは、TPM が単なる「簡易版の上場市場」ではないという点です。むしろ、以下のような明確な意義を持っています。
- 段階的な事業成長の実現
一般的な IPO では、上場時点で十分かつ安定した事業や、高い成長可能性のあるビジネスモデルが求められます。一方、TPM では売上高や利益などの形式基準がなく、企業の成長に合わせて段階的にビジネスを伸ばしていけるため、市場規模や人材に限りがある地方企業の実情により適しています。 - 信用力の向上と人材確保
上場企業というステータスは、取引先や金融機関からの信用力向上に直結します。また、人材採用においても、企業の知名度や信頼性の向上を通じて、優秀な人材を惹きつける要因となり得ます。 - 将来の選択肢の拡大
TPM は、その後のグロース市場やスタンダード市場への移行、地方証券取引所を見据えたステップとしても機能します。ガバナンスや開示体制の整備を段階的に進められることで、次のステージへの準備を着実に進めることができます。
テクノロジーが変える上場準備
私たち自身、2022年秋に上場準備を本格的に開始した際、様々な課題を当事者として経験しました。当時は管理部門はまだなく、上場準備に必要な制度やルールを充足できる体制ではありませんでした。
上場準備を進める中で、私たちは一つの気づきを得ました。それは、上場準備プロジェクトにおける「標準化」の重要性です。私たちは技術系の企業として日頃からプロジェクト管理ツールを活用していましたが、上場準備特有の要件を組み込んだ標準的なフレームワークがあれば、より多くの企業の役に立つのではないかと考えました。
実際に証券会社の方々にヒアリングしたところ、特に地方企業の支援において、このような標準化された仕組みへのニーズが高いことがわかりました。これは単なる効率化だけでなく、より本質的な経営判断や成長戦略の議論に時間を使えるようにするための取り組みでもあります。
これらの課題に対する解決策として生まれたのが、上場準備クラウド「FinanScope」です。開発の起点となったのは、私たち自身の上場準備と M&A 経験でした。2022年に上場プロジェクトの開始と並行して実施した株式会社ヘプタゴンとの M&A 、この際の企業価値算定は、現在の FinanScope Valuation の原型となっています。
FinanScope の主な特徴は以下の3点です。
- 上場準備に特化した機能設計
必要なタスクがあらかじめ組み込まれており、いつ何をすべきかが明確になっています。特にTPM上場に必要な40以上の規定集やチェックリストを標準設定として提供しています。 - プロジェクト管理の効率化
進捗率の数値化による可視化や、関係者間での情報共有機能により、上場準備の全体像を把握しやすくなっています。2024年11月には新たにガントチャート機能も追加し、タイムライン管理をより直感的に行えるようになりました。 - リアルタイムでの企業価値評価
事業計画と決算書をアップロードし、類似企業を選択するだけで、即時に企業価値の算定結果が出力されます。この機能により、経営判断のスピードが大きく向上します。
地方企業の新しい可能性
FinanScope の開発と運用を通じて、私たちは地方企業の新しい可能性を確信しています。その確信は、具体的な変化の兆しによって裏付けられています。
情報格差の解消
テクノロジーの活用により、地理的な制約を超えた情報アクセスが可能になっています。例えば、オンラインでの進捗管理や文書共有により、都市部の専門家との円滑なコミュニケーションが実現できます。これは単なる利便性の向上ではなく、地方企業が持つ潜在力を最大限に引き出すための基盤となっています。
地域金融機関との連携
特に注目すべきは、地方銀行のTPM支援への積極的な参入です。佐賀銀行によるJ-アドバイザー資格の取得は、地域に根差した形での上場支援体制の実現可能性を示しています。これにより、地方企業は地元の金融機関を通じて専門的なサポートを受けられるようになります。
成功事例の創出
2025年には最初のFinanScope利用企業の上場が予定されており、この成功事例は地方企業にとって具体的なロールモデルとなるはずです。一社一社の成功が、次の挑戦者への道しるべとなっていきます。
そして、これらの変化は単独の企業の成功にとどまらない、より大きな可能性を示唆しています。
地域経済の活性化
上場企業の増加は、地域経済に新たな活力をもたらします。取引先の拡大や資金調達の多様化は、企業間の取引を活性化し、地域全体の経済循環を促進します。また、上場企業としての知名度向上は、地域ブランドの価値向上にもつながります。
若者のUターン促進
上場企業の存在は、地方での就職を考える若者にとって大きな魅力となります。実際に、TPM上場を果たした企業では、地元の大学生や都市部での就業経験を持つUターン組からの問い合わせが増加しているケースも出てきています。これは、地方創生における重要な要素となるでしょう。
持続可能な成長モデルの確立
TPM 上場は、地方企業に段階的な成長の機会を提供します。経営基盤の強化やガバナンスの整備を通じて、より高次の成長ステージを目指すことができます。また、この過程で培われたノウハウは、地域内の他企業への波及効果も期待できます。
では、具体的にどのように準備を進めればよいのでしょうか。
まず、現状の把握から始めましょう。自社の強みと課題を客観的に分析し、上場準備に向けた基本的な方向性を定めます。その際、J-Adviser資格を有した専門機関への相談が有効です。彼らは各地域での上場事例などを踏まえた上で、実践的なアドバイスを提供してくれるはずです。
次に、段階的な準備計画を立てます。TPM の特徴を活かし、自社のペースで着実に体制を整備していくことが重要です。この過程では、テクノロジーの活用も検討に値します。地理的な制約を超えて、必要な情報やサポートにアクセスできる環境が整ってきています。
そして最も重要なのは、地域との共生です。上場準備は単なる社内改革ではなく、地域全体の発展につながる取り組みとして捉えることができます。官公庁や取引先、金融機関、地域の関係者との対話を通じて、より良い成長の形を模索していくことが、持続可能な発展につながるでしょう。
これからの展望
2025年には FinanScope 利用企業の初めての上場が予定されており、私たちのサービスは重要な転換点を迎えようとしています。この成功事例を基に、より多くの地方企業に上場という選択肢を提供していきたいと考えています。
事業活動を通じて、お客様に価値を提供し続け、従業員とその家族の生活を支え、地域社会に貢献する―そういった価値のある会社は、上場企業として残していくべきだと思います。
私たちが提案する上場は、企業の継続性を実現するための現実的な選択肢の一つです。テクノロジーの力を借りることで、その道のりはより身近なものになっています。
皆様の会社が持つ価値を未来に繋げていくために、ぜひ新しい可能性にチャレンジしていただきたいと思います。FinanScope は、新しい可能性へのチャレンジを全力で支援いたします。