AI・テック企業の M&A を成功に導くデューデリジェンス – 技術評価の専門性が企業価値を正しく見極める

AI・テック企業の M&A を成功に導くデューデリジェンス - 技術評価の専門性が企業価値を正しく見極める

デジタルキューブ 取締役 / 公認会計士・税理士 和田 拓馬

AI・スタートアップ企業の M&A が活発化する中、従来の財務デューデリジェンスだけでは評価が難しい課題が浮上しています。技術資産の持続可能性、API 依存度、エンジニア組織の健全性といった要素を正確に評価するには、技術的な知見を持つ専門家による支援が不可欠です。本稿では、TOKYO PRO Market 上場企業の出口戦略を見据えた、技術評価を含む包括的なデューデリジェンスの重要性について解説します。

AI・スタートアップ企業の M&A における新たな課題

IT・テック企業の M&A が急増する背景

IT 業界の M&A は年々活発化しており、背景には深刻な IT 人材不足があります。さらに IT 業界内の M&A だけでなく、製造業などの異業種企業が AI や IoT 対応のために IT 企業を買収する動きも見られるようになっています。自社で IT 人材を採用・育成するよりも、M&A によって企業ごと「技術」と「人材」を獲得する方が、時間的にもコスト的にも効率的だと判断する企業が増えているのです。

スタートアップの出口戦略としての M&A に注目集まる

こうした中、2025年12月4日、自民党の岸田文雄・日本成長戦略本部長は、スタートアップ育成に向けた新たな方針を発表しました。経済産業省に対し、出口戦略の選択肢を増やすための M&A 指針の策定を求めたのです。

【参考】「岸田文雄氏『スタートアップ向け M&A 指針策定を』出口戦略求める」(日本経済新聞)

岸田氏は「スタートアップは早い段階から出口としての M&A を視野に入れて経営に取り組むことが重要だ」と強調しました。日本では出口戦略として新規株式公開(IPO)を選択するケースが多く、小規模のまま上場した後に成長が伸び悩む企業が多いという課題認識に基づいています。

この政府方針は、TOKYO PRO Market 上場企業にとっても重要な意味を持ちます。上場後の成長戦略として、M&A による事業拡大や、逆に大手企業への M&A によるイグジットという選択肢が、今後より現実的なものとなっていくでしょう。

しかし、M&A の選択肢が広がるということは、適切な企業評価の重要性も増すということです。特に AI・テック企業の場合、従来の財務デューデリジェンスだけでは評価が難しい課題があります。その難しさを示す重大な事件が、2025年7月に発生しました。

オルツ粉飾決算事件が示す企業評価の重要性

2025年7月(第三者委員会の報告書公表時点)、AI 開発企業「オルツ」の大規模粉飾決算が明らかになりました。

オルツは、2021年6月から2024年12月の期間に、売上高の約8割にあたる総額約119億円超を架空計上していました。その手口は「循環取引」と呼ばれるもので、複数の会社間で架空の売買を繰り返すことで、売上高を急拡大させたように見せかけていたのです。

従来の財務・法務デューデリジェンスでは見えないリスク

従来の M&A では、財務デューデリジェンスと法務デューデリジェンスが中心でした。財務諸表の健全性、契約関係の適正性、法的リスクの有無などを確認することで、買収リスクを評価してきたのです。

しかし、AI・テック企業の場合、これだけでは不十分です。なぜなら、企業価値の源泉が「技術」と「人材」にあるからです。貸借対照表に計上される有形資産よりも、目に見えない技術資産やエンジニアの能力が企業価値を大きく左右します。

特に問題となるのは、IT 人材が不足している、または IT に詳しい人材がいない買い手企業のケースです。このような企業では、売り手企業が持つ IT 技術やテクノロジーといった「のれん」の評価を正しく行えないことがあります。

その結果、売り手企業の言い分を一方的に聞くことになり、交渉の主導権を握られて、必要以上の買収金額で合意してしまうリスクが生じるのです。

買収後に顕在化する技術評価の不足

技術評価が不十分なまま M&A を実行すると、買収後の PMI(統合プロセス)段階で深刻な問題が顕在化することがあります。

たとえば、以下のような事態です。

買収時には「自社開発の AI 技術」と説明されていたものが、実際には ChatGPT API などの外部サービスに大きく依存しており、技術的な独自性がほとんどなかった。このような場合、外部サービスの価格改定や機能変更によって、事業の持続可能性が大きく損なわれる可能性があります。

また、受託開発が中心のビジネスモデルの場合、技術的な参入障壁が低く、競合が容易に参入できる状況である可能性があります。この場合、買収後に想定していた収益が確保できないリスクがあります。

さらに深刻なのは、キーエンジニアの離職リスクです。M&A 後に、企業の技術力を支えていた優秀なエンジニアが退職してしまうと、技術継承ができず、事業そのものが立ち行かなくなる可能性があります。

このように、買収検討企業にとって、「財務数値は良好だが技術的実態は脆弱」という最悪のシナリオを回避するためには、買収前の段階で技術面を含めた包括的なデューデリジェンスを実施することが不可欠なのです。

AI・テック企業特有の評価ポイント

技術の陳腐化リスクと持続可能性の評価

AI・テック企業の M&A において、最も注意すべき点の一つが「技術の陳腐化速度」です。

IT 業界では、技術の進化スピードが極めて速く、昨日まで最先端だった技術が、今日には標準的なものとなり、明日には時代遅れになることも珍しくありません。特に AI 分野では、OpenAI や Google といった海外の大手テック企業が次々と新しいモデルを発表しており、これらの技術革新が既存企業の競争優位性を一夜にして失わせる可能性があります。

対象企業の技術が、今後どの程度の期間、競争優位性を維持できるのか。海外の大手テック企業による技術革新が、対象企業の事業にどのような影響を与えるのか。技術的な競争優位性が失われた場合、代替となる技術開発や事業転換が可能なのか等を評価する必要があります。

これらを評価するには、技術トレンドを深く理解し、将来の技術動向を予測できる専門家の知見が不可欠です。

自社開発技術と外部 API 依存度の見極め

AI・スタートアップ企業の中には、「AI 技術を活用したサービス」を提供していると謳いながら、実際には ChatGPT API などの外部サービスに大きく依存しているケースがあります。

外部 API の活用自体は悪いことではありません。しかし、問題となるのは、API 依存度が高すぎる場合です。外部 API に依存しすぎると、以下のようなリスクが生じます。

API 提供元の価格改定によって、収益構造が大きく変化する可能性があります。API 提供元がサービスを終了した場合、事業継続が困難になる可能性があります。API の機能や性能が、競合他社も同様に利用できるため、技術的な差別化が難しくなります。

デューデリジェンスでは、対象企業の技術スタックを詳細に分析し、どの部分が自社開発で、どの部分が外部サービスに依存しているのかを明確にする必要があります。そして、外部依存度が高い場合は、そのリスクを定量的に評価することが重要です。

技術的参入障壁の定量評価

技術的参入障壁とは、競合他社が同様のサービスを提供するために必要となる技術的なハードルのことです。この障壁が高ければ高いほど、企業の競争優位性は持続しやすくなります。

受託開発中心のビジネスモデルの場合、技術的参入障壁が低い傾向があります。なぜなら、外部の API やオープンソースのツールを組み合わせることで、比較的容易に同様のサービスを提供できる場合が多いからです。

この場合、競合が容易に参入でき、価格競争に陥りやすくなります。結果として、収益性が低下し、持続的な成長が困難になる可能性があります。

デューデリジェンスでは、対象企業の技術が、競合他社にとってどの程度複製が困難なのか。技術的な独自性は、特許やノウハウとして保護されているのか。顧客が他社サービスに乗り換えるコスト(スイッチングコスト)は高いのか等、評価する必要があります。

これらを定量的に評価することで、対象企業の持続的な競争優位性を見極めることができます。

エンジニア組織とキーパーソンの評価

AI・テック企業において、技術力の源泉は「人材」です。特に、優秀なエンジニアの存在が、企業価値を大きく左右します。

組織内で技術の中核を担うキーエンジニアは誰か。そのキーエンジニアは、M&A 後も会社に残る意思があるのか。技術継承の仕組みは整備されているのか。ドキュメント化や社内教育の体制はどうか。エンジニアの採用・育成の仕組みは機能しているのか。これらを評価します。

特に注意すべきは、キーエンジニアの離職リスクです。M&A によって、これまで大きな裁量を持って働いていたエンジニアが、自由な意思決定ができなくなることでストレスを感じ、退職してしまうケースがあります。

また、ベンチャー企業特有の企業文化と、買い手企業の企業文化が大きく異なる場合、統合プロセスで支障が生じることもあります。

エンジニア組織の健全性を評価し、M&A 後の人材流出リスクを最小化するための施策を事前に検討することが重要です。

技術評価における専門性の必要性

エンジニア経験を持つ専門家による評価の価値

AI・テック企業のデューデリジェンスにおいて、最も重要なのは「技術を正確に評価できる専門家」の存在です。

従来の財務デューデリジェンスや法務デューデリジェンスでは、公認会計士や弁護士といった専門家が活躍してきました。しかし、技術評価には、それとは異なる専門性が求められます。

具体的には、実際にエンジニアとして開発経験を持ち、技術トレンドを深く理解し、システムアーキテクチャを評価できる専門家が必要です。このような専門家がいることで、以下のような評価が可能になります。

対象企業が使用している技術スタックの妥当性と将来性。システムアーキテクチャの拡張性と保守性。コードの品質と技術的負債の程度。開発プロセスの成熟度と効率性。

これらの評価は、財務諸表や契約書からは読み取れない情報です。実際のソースコード、システム設計書、開発ドキュメントを詳細に分析し、技術的な観点から企業価値を評価する必要があるのです。

コード品質・アーキテクチャの実地評価

技術デューデリジェンスの中核となるのが、実際のソースコードとシステムアーキテクチャの評価です。

コード品質の評価では、以下の点を確認します。
コードの可読性と保守性はどうか。適切なコメントやドキュメントが整備されているか。テストコードが充実しているか。単体テスト、統合テスト、E2E テストなど、適切なテスト戦略が実装されているか。コードの重複や複雑度が高すぎる部分はないか。セキュリティ上の脆弱性がないか。

また、システムアーキテクチャの評価では、以下の点を確認します。
スケーラビリティはどうか。ユーザー数やデータ量が増加した場合、システムが対応できるか。可用性と信頼性はどうか。障害発生時の復旧体制は整っているか。セキュリティ設計は適切か。データの暗号化、アクセス制御、監査ログなどが適切に実装されているか。

これらの評価を通じて、対象企業の技術資産が、長期的に価値を生み出し続けることができるのかを見極めることができます。

技術的負債の定量化と将来コストの見積もり

技術的負債とは、短期的な開発スピードを優先した結果、将来の保守や拡張にかかるコストが増大してしまう状態のことです。

スタートアップ企業の場合、市場投入のスピードを重視するあまり、技術的負債を抱えているケースが少なくありません。この技術的負債は、M&A 後に大きなコストとして顕在化する可能性があります。

デューデリジェンスでは、技術的負債の程度を定量的に評価し、その解消にかかるコストと時間を見積もる必要があります。具体的には、以下のような方法で評価を行います。

ソースコードの静的解析ツールを使用して、コードの複雑度や重複度を測定します。テストカバレッジを確認し、テストが不足している領域を特定します。開発者へのヒアリングを通じて、「手を付けたくない」「リファクタリングが必要」と認識されている箇所を洗い出します。

これらの情報をもとに、技術的負債の解消にかかる工数とコストを見積もり、M&A の投資判断に反映させることが重要です。

FinanScope Consulting が提供する IT デューデリジェンス

AI・テック企業の実務経験を持つ専門家チーム

FinanScope Consulting では、AI・スタートアップ企業の M&A における技術デューデリジェンスを支援しています。

私たちの強みは、公認会計士や各種士業としての財務・税務・法務等の専門性に加えて、AI 開発や企業向けコンサルティングの実務経験を持つ専門家との協働体制にあります。

たとえば、(株)ヘプタゴン代表の立花は、AI 制作や企業向けの技術コンサルティングにおいて豊富な実務経験を持っています。このような専門家が、実際のシステムアーキテクチャや場合によってはソースコードを評価し、技術的な観点から企業価値を見極めます。

エンジニアの知見を活かした評価アプローチ

実務経験を持つ専門家がデューデリジェンスに関わることで、以下のような評価が可能になります。

対象企業の技術が、現在の市場においてどの程度の競争優位性を持つのか。技術トレンドの変化に対して、どの程度の柔軟性と適応力を持つのか。エンジニア組織の成熟度と、技術力の持続可能性はどうか。

これらの評価は、単に技術的な知識があるだけでは不十分です。実際に企業の技術戦略を立案し、実装してきた経験があるからこそ、対象企業の技術が「本物」なのか、それとも「見せかけ」なのかを見極めることができるのです。

技術 DD と財務 DD を統合した包括的評価

FinanScope Consulting の最大の特徴は、技術デューデリジェンスと財務デューデリジェンス、法務デューデリジェンスを統合的に実施できる点にあります。

従来、これらのデューデリジェンスは別々の専門家によって個別に実施されることが多く、統合的な評価が難しいという課題がありました。

しかし、私たちは公認会計士や各種士業と技術専門家が一つのチームとして協働することで、以下のような統合的な評価を提供します。

技術的な強みが、どのように財務的な価値として表れているのか。技術的な弱みやリスクが、将来の収益にどのような影響を与えるのか。技術投資の効率性と、投資対効果はどうか。

このような統合的な評価を通じて、M&A の投資判断に必要な、より正確で包括的な情報を提供することができるのです。

まとめ:技術の本質を見抜くことが成功の鍵

AI・スタートアップ企業の M&A が活発化する中、従来の財務・法務デューデリジェンスだけでは、企業の真の価値を見極めることが難しくなっています。

オルツの粉飾決算事件が示すように、財務諸表の数値が良好であっても、その裏にある事業実態を詳細に評価しなければ、大きなリスクを見逃す可能性があります。

特に AI・テック企業の場合、企業価値の源泉は「技術」と「人材」にあります。技術の持続可能性、API 依存度、技術的参入障壁、エンジニア組織の健全性といった要素を正確に評価するには、技術的な知見を持つ専門家による支援が不可欠です。

FinanScope Consulting では、公認会計士や各種士業と、AI 開発や企業向けコンサルティングの実務経験を持つ専門家が協働することで、技術評価と財務評価、法務評価を統合した包括的なデューデリジェンスを提供しています。

TOKYO PRO Market 上場企業の出口戦略を見据えた支援から、地方企業による IT 企業買収の支援まで、幅広いニーズに対応します。

M&A の成功は、適切なデューデリジェンスから始まります。技術の本質を見抜き、企業の真の価値を正確に評価することが、M&A 成功の鍵となるのです。

無料相談会のご案内

FinanScope では、M&A に関する疑問や不安を解消するための無料オンライン相談会を実施しています。

相談可能な内容

  • M&A における IT デューデリジェンスの進め方
  • TOKYO PRO Market 上場企業の出口戦略相談
  • 買収側・売却側それぞれの準備事項
  • 企業価値評価と技術評価を統合したアプローチ
  • 各種デューデリジェンス支援の具体的な内容

特徴

  • 場所や時間を選ばないオンライン相談
  • 上場準備の進捗状況を問わず相談可能
  • 公認会計士・税理士による専門的アドバイス
  • M&A の検討段階から相談可能

ご相談はこちらから
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