上場準備プロジェクトのチームビルディング − 地方企業の実例から学ぶ効率的な体制づくり

上場準備プロジェクトのチームビルディング − 地方企業の実例から学ぶ効率的な体制づくり

デジタルキューブ 取締役 / 公認会計士・税理士 和田 拓馬

地方企業が上場準備を進める上で、最も重要な課題の一つがチームビルディングです。専門人材の確保や外部専門家との連携など、地方特有の課題に直面しながら、いかに効率的な体制を構築していくのか。本稿では、自身の経験と FinanScope を通じて支援してきた企業の実例をもとに、実践的なアプローチをご紹介します。

地方企業の上場準備チームが直面する現実

私は香川県の出身で、京都での勤務や香港での駐在を経て30歳で地元に戻りました。その時、地方企業が抱える課題を、より深く理解することになりました。

上場準備チームの構築において、地方企業は主に3つの課題に直面します。

第一に、専門人材確保の難しさです。私たちデジタルキューブが2022年秋に上場準備を始めた時も同様でした。当時は管理部門がなく、上場準備に必要な制度やルールを充足できる体制ではありませんでした。採用市場が限られる地方では、経理・法務などの専門人材を確保することは容易ではありません。

第二に、既存業務との両立の問題です。限られた人材で上場準備を進めなければならない地方企業では、既存の業務を担いながら上場準備を進める必要があります。これは単なる業務量の問題ではなく、業務の質と優先順位の管理が重要な課題となります。

第三に、外部専門家との物理的な距離の問題があります。証券会社や監査法人など、上場準備に不可欠な専門家の多くは都市部に集中しています。定期的な打ち合わせや急な相談など、距離による制約は大きな課題となります。

効率的なチーム構築の3つの要素

これらの課題に対して、私たちは以下の3つの要素を重視したチーム構築を提案しています。

  1. 既存社員の戦力化
    上場準備において最も重要なのは、既存社員の戦力化です。外部からの人材採用は重要ですが、それ以上に、現在の社員が持つ知識やスキルを活かすことが効率的です。
    例えば、プロジェクト管理の経験を持つエンジニアを上場準備チームの PMO として起用することで、既存のスキルを効果的に活用できると考えています。既存の業務で培ったスキルは、上場準備でも十分に活かせるのです。
  2. 外部リソースの効果的な活用
    地方企業にとって、外部専門家との連携は必須です。ただし、すべての業務を外部に依存するのではなく、自社でできることと外部に依頼することを明確に区分する必要があります。
    私たちや他社の支援の経験からは、以下のような役割分担が効果的であると考えます。
    ・社内:プロジェクト管理、基本的な実務対応(月次決算・財務)、社内調整、審査対応
    ・外部:専門的な助言(会計処理)、上場関連書類作成、内部監査支援

  3. デジタルツールを活用した業務効率化
    デジタルツールは、チームビルディングの可能性を大きく広げます。プロジェクトの進捗状況をリアルタイムで共有し、必要な情報にいつでもアクセスできる環境は、物理的な距離を超えた効率的な協働を可能にします。
    さらに重要なのは、これまで距離的な制約で活用が難しかった専門知識や経験を、幅広く取り入れられることです。例えば、東京在住の会計専門家と地方の実務担当者が、同じ画面を見ながらスムーズに連携できるだけでなく、複数の地域に分散する専門家のスキルを必要なタイミングで組み合わせることも可能になります。また、過去に上場を経験した実務担当者が、遠隔地からアドバイザーとして参加するといった柔軟な体制づくりも実現できます。
    デジタルツールは単なる効率化の手段だけではなく、より広範な知見とスキルを結集し、最適なチーム編成を可能にする基盤ともなり得ます。

FinanScope による課題解決アプローチ

FinanScope は、これらの課題に対する具体的な解決策として開発されました。主要な機能と想定される効果についてご紹介します。

進捗管理の可視化による業務効率化

上場準備には、規程の整備から内部統制の構築、開示書類の作成まで、数多くのタスクが存在します。これらは大きく分けて、定期的な進捗管理が必要なもの、重要なマイルストーンに関連するもの、そして継続的なモニタリングが必要なものがあります。

FinanScope では、これらのタスクを体系的に整理し、進捗状況をリアルタイムで可視化します。管理項目は随時アップデートされ、各社の状況に応じてカスタマイズすることも可能です。

オンラインでの情報共有・コミュニケーション

地理的な制約を克服するために、クラウドベースでの情報共有とコミュニケーション機能を実装しています。具体的には…

ドキュメント管理

  • 規程や各種申請書類の一元管理
  • ファイル管理機能
  • 検索バーによる検索性

タスク管理

  • 担当者とスケジュールの明確化
  • タスクの状態の可視化(未対応・対応中・処理済・完了など)
  • 親子タスクなどの依存関係の可視化

コミュニケーション

  • 関係者をメールアドレスで招待ができ、円滑な情報共有を実現
  • クラウドシステムとGmailの連携
  • 社内用のディスカッション機能

標準化された業務フローの活用

上場経験のない企業にとって「何から始めればよいかわからない」という課題は共通しています。FinanScope では、以下のような支援機能を提供しています。

規程類のテンプレート

  • 40以上の基本規程
  • カスタマイズ可能なフォーマット
  • 業種別の参考例

標準的な業務フロー

  • フェーズごとの実施項目
  • 各タスクがチェックリストとしても機能

進捗管理ツール

  • マイルストーン管理
  • 進捗率の算定機能

段階的なチーム構築の実践例

上場準備チームは、一度に完成形を目指すのではなく、段階的に構築していくことが重要です。以下に、フェーズごとの特徴と考慮すべきポイントをご紹介します。

引用:FinanScope サービス資料(P.14)

初期フェーズ:基盤づくり

このフェーズでは、上場準備の土台となる体制を整えます。

求められる機能
・プロジェクト全体の統括
・基本方針の策定
・現状把握と課題の洗い出し

想定される役割
【プロジェクトリーダー】
・経営企画や管理部門の責任者が担当
・全体方針の策定と推進
・外部専門家との連携窓口

【コアメンバー】
・経理実務担当者
・総務関連担当者

主な活動
・現状分析と課題の明確化
・基本方針・スケジュールの策定
・必要な規程類の洗い出し
・決算体制の確立

中期フェーズ:体制の拡充

このフェーズでは、具体的な実務対応の体制を整えていきます。

機能の拡充
・内部統制の整備・運用
・開示体制の構築
・部門間連携の強化

追加が望ましい役割
【各部門の実務担当者】
・業務フローの文書化
・規程類の整備
・運用状況の確認

【専門機能の担当者】(可能な範囲で)
・経理・財務
・法務・総務
・人事・労務

重点活動
・内部統制の整備・運用
・業務プロセスの文書化
・予実管理体制の構築
・情報開示体制の整備

最終フェーズ:体制の完成

このフェーズでは、上場審査に向けた体制を完成させます。

強化すべき機能
・開示体制の確立
・監査対応
・上場審査対応

連携の強化
【証券会社】
・定期的な進捗確認
・審査対応の準備
・開示書類の作成

【監査法人】
・監査対応体制の確立
・内部統制の評価対応
・開示資料の確認

【その他専門家】
・法務・労務の確認
・各種契約の整備
・コンプライアンス体制の確認

重要なポイント

これら段階的なチーム構築のアプローチにおいて、最も重要なのは柔軟性を持った体制づくりです。上場準備は一つの目標に向かって進んでいく過程ですが、その道筋は企業によって異なります。各フェーズで必要となる機能を見極めながら、自社の規模や状況に合わせて無理のない範囲で体制を拡充していくことが、持続可能な準備活動につながります。

既存の業務との両立を図りながら、必要に応じて役割を兼務したり、外部リソースを効果的に活用したりすることも検討に値します。特に地方企業の場合、限られた人材で多くの役割をカバーする必要があるため、柔軟な体制づくりがより重要になってきます。

定期的な体制の見直しと課題への迅速な対応も欠かせません。上場準備の過程で新たな課題が見つかることは自然なことであり、そのたびに体制を調整し、関係者との連携を強化していく姿勢が求められます。このような継続的な改善の積み重ねが、最終的な上場の実現につながっていくのです。

このような段階的なアプローチに基づいて、実際に FinanScope を活用した場合、どのような効果が期待できるのでしょうか。次に、現在の活用状況と併せてご紹介します。

現在の活用状況と期待される効果

FinanScope は2023年10月のローンチ以来、多くの企業に導入いただいています。ここでは、実際のユーザーの声と、期待される効果についてご紹介します。

現場からの声

導入企業の方々からは、具体的な評価の声をいただいています。

「上場準備には非常に多くのタスクが存在するなかで、何をどの順番で着手すべきかが不明瞭でした。FinanScope を利用することで、各タスクの明確化・優先順位付けが可能になるのではと考え、導入を決めました。また必要書類の管理や関係者への共有など、上場準備の効率化を図ることができると思います」
(ナウビレッジ株式会社 代表取締役 今村 様)

「FinanScope は既存の支援体制とも組み合わせることで、より効果的なプロジェクト管理が実現できると考えていますし、監査法人側と会社側の両方の視点で見ても、双方の課題を解決できるツールだと実感しています。」
(株式会社シコメルフードテック コーポレート本部長 瀬田 様)

私たち自身の経験から見える効果

デジタルキューブは2022年秋から上場準備を開始し、2024年10月に TPM 上場を実現しました。その過程で私たちが経験した課題をもとに、FinanScope の機能は設計されています。従来の上場準備で発生していた課題に対し、以下のような改善効果を期待しています。

・進捗会議:資料作成から実施までの時間を3分の1程度に短縮
・書類作成:テンプレート活用とチェック機能により、手戻りを7割程度削減
・情報共有:一元管理により、関係者間のメールのやり取りを8割程度削減

特に地方企業において期待される効果として、以下が挙げられます。

  1. 移動時間とコストの最適化
    物理的な移動を最小限に抑えることで、東京−地方間の移動を月4回から月1回程度に抑制。Web会議とクラウドでの情報共有により、年間の移動コストを7割程度削減。
  2. 業務効率の向上
    標準化された仕組みの活用により、タスク管理の工数を4割程度削減。規程類の作成時間を6割程度短縮 ・進捗管理にかかる時間を半減。
  3. 外部専門家との連携強化
    デジタルツールの活用により、リアルタイムでの情報共有が可能に。オンラインでの随時相談体制の確立 ・ドキュメント管理の一元化による作業効率の向上。

これらの効果は、私たち自身の上場準備の経験と、現在進行中のプロジェクトの分析から導き出した想定値です。2025年には最初の FinanScope 利用企業の上場も予定されており、より具体的な成果を示せる段階に来ています。

地方からの挑戦を、共に

上場準備のチームビルディングは大きな課題です。専門人材の確保、外部専門家との連携、既存業務との両立など、克服すべき壁は確かに存在します。

しかし、私たち自身の経験から言えることは、適切なアプローチとツールの活用により、これらの課題は着実に解決できるということです。重要なのは、自社の状況に合わせた段階的な体制構築です。完璧な体制を一度に作り上げようとするのではなく、必要な機能を見極めながら、着実に準備を進めていくことが、持続可能な上場準備の実現につながります。

デジタルツールの活用は、地方企業の可能性を大きく広げます。地理的な制約を克服し、業務効率を高め、情報格差を埋めることで、より効果的な上場準備が可能になります。しかし、それ以上に重要なのは、地方企業ならではの強みを活かすことです。地域との強い結びつき、堅実な経営基盤、独自の価値観―これらは、上場後の持続的な成長を支える重要な資産となります。

私たち FinanScope は、まだ発展途上のサービスです。しかし、それはむしろチャンスだと考えています。ユーザーの皆様と共に成長し、地方企業の上場支援のためのプラットフォームとして進化していきたい。その思いでサービスの改善を重ねています。

上場準備のチームビルディングは、単なる体制づくりではありません。それは、会社の未来を築くための重要な投資です。私たちは、皆様の挑戦を全力でサポートしていきます。