和田拓馬(株式会社デジタルキューブ 取締役 / 公認会計士・税理士)
前回のコラム TOKYO PRO Market「上場目的の開示」107社を読むでは、TOKYO PRO Market(以下、TPM)上場企業107社による「上場目的の開示」について、東証の公式集計をもとにデータ面から分析しました。社内の体制強化が91%、営業力強化が89%と、上位項目には多くの企業が共通して言及しています。集計だけを見ると、各社の開示は似通った定型文なのではないか、という印象を持つ方もいるかもしれません。
ところが、実際に各社の開示文書を読み比べると、印象は大きく変わります。同じ「上場目的の開示」という表題の下に、経営者の哲学、事業の置かれた状況、市場への向き合い方が驚くほど率直に書き込まれているのです。今回は、開示文書の本文を確認できた企業の中から特徴的な7社を取り上げ、開示情報からにじみ出る各社の個性を読み解きます。上場目的の開示は、決算書には表れない「経営の自己紹介文」として読める、というのが今回お伝えしたい結論です。
目次
目標時期を年数で明示する ─ NEXT STAGE
大阪市に本社を置く NEXT STAGE(証券コード:359A)は、住宅の施工品質評価を軸とした製造ソリューション事業を展開する企業です。2026年6月12日付の開示では、一般市場(スタンダード市場またはグロース市場)への上場目標時期を「今後5年程度経過時点を目途」と明示しました。
参考:NEXT STAGE「東京証券取引所 TOKYO PRO Market への上場目的の開示」(PDF/2026年6月12日)
東証の制度設計では、一般市場上場を目的に掲げる企業に対して、上場目標時期や上場予定市場といった追加的な情報開示が促されています。とはいえ、達成できなかった場合には毎年の評価開示で説明を求められるわけですから、年数を明示するには相応の覚悟が必要です。同社の開示は、取引先との関係強化、ガバナンスの高度化、IT エンジニアと建築技術者の採用、M&A や異業種アライアンスによる多角化、そして一般市場への準備という5項目で構成され、ヒンシツアナリティクスクラウド「QualiZ」などの自社サービスによるリカーリングモデルの拡大という事業戦略と一体で語られています。制度の趣旨に正面から応えた、模範的な構成だと感じています。
逆風の中でこそ開示する ─ サーティーフォー
神奈川県相模原市を地盤とする総合不動産のサーティーフォー(310A)の開示は、7社の中で最も胸を打つ内容でした。同社は業績面の苦戦を率直に認めたうえで、2026年12月期から2028年12月期までの3か年を「第二の創業」と位置づける中期経営計画を策定し、上場目的の開示と一体で公表しています。
参考:サーティーフォー「TOKYO PRO Market への上場目的の開示について」(PDF/2026年6月5日)
TPM は「事業構造改革を完遂して収益基盤を再構築し、一般市場の上場適格性を備えるまでの段階的な準備の場」と定義され、ステップアップ先として東京証券取引所スタンダード市場を明示。一方で、上場目標時期は「未定」と正直に記載し、確定した場合には改めて開示すると約束しています。「住まい探しショップ」の神奈川県央エリアへの集中出店(中計期間中に5店舗程度、2026年1月に大和店を開設)といった具体的な計画にも触れており、開示全体が再出発の決意表明として機能しています。上場目的の開示は好調な企業だけのものではない、と教えてくれる事例です。
TPM だからこそ、を語る ─ シンプレクス・ファイナンシャル・ホールディングス、日本マリタイムバンク
前回のコラムでは、開示企業の69%が「一般市場に向けた準備」を掲げたことを紹介しました。裏を返せば、約3割の企業は一般市場への準備を上場目的に含めていません。開示文書を読むと、TPM の市場特性そのものを積極的な選択理由として語る企業の存在が見えてきます。
不動産ファンドを運営するシンプレクス・ファイナンシャル・ホールディングス(7176)は、一般市場における株主利益の最大化のみを志向するのではなく、ファンド投資家の利益を最優先とし、その考えに理解のある株主構成を重視した経営体制を維持することを目的に TPM へ上場している、と記載しました。事業構造上、上場会社の株主とファンド投資家という二つの受益者が存在するからこその市場選択であり、107社の中でも異彩を放つ開示です。
参考:シンプレクス・ファイナンシャル・ホールディングス「TOKYO PRO Market への上場目的の開示について」(PDF/2026年6月5日)
船舶ファイナンスを手がける日本マリタイムバンク(411A)も同様に、短期的な業績拡大や株価形成圧力への過度な対応を求められにくい、という TPM の市場特性を上場理由として明文化しています。船会社や船主が長期のリース案件を安心して委ねられる企業基盤をガバナンス強化によって構築する、という説明は、長期契約を扱う金融業ならではの説得力があります。一般市場への上場についても、成長戦略や経営思想を損なわず、必要な資金調達手段として有効と判断できるタイミングが到来した場合に検討する、と慎重なスタンスを明確にしました。
参考:日本マリタイムバンク「東京証券取引所 TOKYO PRO Market 上場目的の開示に関するお知らせ」(PDF/2026年6月1日)
ステップアップだけが TPM の価値ではありません。2社の開示は、市場特性と経営哲学の相性を軸に上場を語る、もう一つの TPM 活用論を示しています。
少数派の「資金調達型」の実像 ─ 筑波精工
東証の集計によれば、上場目的として「増資」を掲げた企業は11社、開示企業の10%にとどまります。TPM では資金調達は難しい、という通説を裏付けるようにも見える数字ですが、少数派の中には注目すべき実例があります。
半導体製造装置向けの静電チャックを手がける筑波精工(6596)は、研究開発型企業が製品化・事業化の過程で直面する資金・人材不足の時期、いわゆる「死の谷(デスバレー)」を越えるための資金調達の場として TPM を位置づけ、プロ投資家から約8.7億円の資金調達を達成したことを開示しました(FISCO による開示要約記事に基づく)。あわせて、知名度・信用力を国内にとどまらず台湾・中国など海外でも高め、新規取引や人材獲得につなげたと述べ、今後は企業規模・業績を拡大させて一般市場上場とその後の成長を目指すと結んでいます。
参考:筑波精工「東京証券取引所TOKYO PRO Market への上場目的の開示」(PDF/2026年6月12日)
東証は2026年秋以降、クロスオーバー投資家等との対話イベントや上場料金の見直しなど、TPM における資金調達・投資獲得の支援を予定しています。筑波精工のような先行事例は、資金調達の場としての TPM の可能性を考えるうえで貴重な参照点になるはずです。
評価される前提で書く ─ グラントマト、manaby
上場目的の開示は一度きりの表明ではなく、毎年1回以上、実現状況を評価・開示する枠組みです。先を見据えた設計が光る2社を紹介します。
福島県須賀川市で農業資材・食品小売を展開するグラントマト(7137)は、2022年2月の上場時に掲げた目的とその後の進捗状況を整理する、という振り返り形式で開示を構成しました。将来的な一般市場(スタンダード市場等)への上場を視野に TPM を準備段階と位置づけたうえで、取引先・金融機関からの信用向上、地域メディア露出増による認知度向上、中途採用応募者の増加、従業員の帰属意識の向上、月次決算の早期化といった効果を具体的に列挙しています。上場から4年を経た企業による、定期評価の先行モデルといえる内容です。
参考:グラントマト「TOKYO PRO Market への上場目的の開示について」(PDF/2026年6月11日)
仙台市の福祉ベンチャーである manaby(9222)は、43拠点(パートナー含む、2026年3月時点)、累計利用者数4,367名、職場定着率86.3%という事業実績データを開示本文に明記し、さらに上場目的の実現状況を管理するための KPI を設定すると宣言しました。来年以降の評価開示を測定可能にする土台を、初回開示の時点で自ら整えた形です。地方創生や地域雇用創出への貢献を上場目的に織り込んでいる点も、地方企業にとって参考になるでしょう。東証は、多くの企業が評価軸・目標等を開示していると集計資料で指摘しており、2社の開示はその具体像を示すものです。
参考:manaby「上場目的の開示(TOKYO PRO Market)について」(PDF/2026年6月12日)
開示文書から見えてくること
7社の開示を読み比べて感じるのは、上場目的の開示が定型文の提出作業ではなく、経営を言語化しているという事実です。目標時期を年数で示す企業、逆風を認めて再出発を誓う企業、市場特性と経営哲学の相性を語る企業、調達実績を数字で示す企業、効果検証や KPI で次回の評価に備える企業。同じ様式の文書に、各社の置かれた状況と経営者の思想がはっきりと表れています。
これから開示に取り組む企業には、3つの視点をおすすめします。第一に、自社が TPM をどう使いたいのかを、事業戦略の言葉で語ること。第二に、毎年評価されることを前提に、進捗を測れる目標や KPI を置くこと。第三に、順調な項目だけでなく、未達の可能性がある項目についても対応方針を示す誠実さを持つことです。開示文書は特定投資家だけでなく、取引先、金融機関、採用候補者、そして地域社会も読んでいます。自社の個性が伝わる開示は、それ自体が上場目的の実現を後押しする経営ツールになるはずです。
まとめ
107社の「上場目的の開示」は、集計上は共通項が目立つ一方、個々の文書には各社の経営哲学と置かれた状況が色濃く表れています。目標時期を5年程度と明示した NEXT STAGE、「第二の創業」を掲げて再出発を誓ったサーティーフォー、ファンド投資家利益や長期取引の安定を理由に TPM の市場特性そのものを選んだシンプレクス・ファイナンシャル・ホールディングスと日本マリタイムバンク、プロ投資家から約8.7億円を調達した筑波精工、効果検証型のグラントマト、KPI 設定を宣言した manaby。開示文書は企業の個性を映す「経営の自己紹介文」であり、毎年の評価開示を通じて、その物語は続いていきます。
無料相談会のご案内
FinanScope では、上場準備に関する疑問や不安を解消するための無料オンライン相談会を実施しています。本記事でご紹介した内容以外にも、企業の状況に合わせた具体的なアドバイスを提供しています。
相談可能な内容
- TOKYO PRO Market 上場に向けた準備の進め方
- 上場目的の開示・毎年の評価開示への実務対応
- 自社の強みを活かした開示文書の設計
- 一般市場へのステップアップを見据えた体制づくり
特徴
- TPM 上場企業の当事者としての実体験に基づくアドバイス
- 公認会計士・税理士による専門的なサポート
- オンラインで全国どこからでも相談可能
▶ ご相談はこちらから https://meetings.hubspot.com/takuma6/finanscope-online
「地方から、新しい可能性を切り拓く」。一社一社の状況は異なりますが、その挑戦を私たち FinanScope は全力で支援します。
TPM や上場準備に関する情報は、FinanScope 公式 note でも継続的に発信しています。最新の市場動向や実務的な知見を定期的に更新していますので、ぜひフォローしてご活用ください。
▶ FinanScope 公式 note:https://note.com/finanscope