デジタルキューブ 取締役 / 公認会計士・税理士 和田 拓馬
2025年12月、一般社団法人日本取締役協会が「未上場企業におけるコーポレートガバナンス提言書」を公表しました。この提言書では、全国約178万社の法人企業のうち、上場企業がわずか0.22%に過ぎない現実を踏まえ、未上場企業におけるガバナンス強化の必要性を提言しています。
【参考】未上場企業におけるコーポレートガバナンス提言書(2025年12月5日)
本コラムでは、日本取締役協会の提言書が示す「昭和型企業」の課題を踏まえながら、地方企業が限られたリソースで実践できる段階的なガバナンス整備の方法を解説します。私自身、デジタルキューブの CFO として神戸&香川から TPM 上場準備を進めた経験から、地方企業でも十分に実現可能な体制整備のポイントをお伝えしたいと思います。
目次
地方企業が直面する「ガバナンスの壁」
地方企業が TPM 上場を目指す際、最初に立ちはだかるのが「ガバナンスの壁」です。この壁は大きく分けて2つの側面があります。一つは人材・コストの制約、もう一つは組織文化に根ざした構造的な課題です。
専門人材確保の困難さ
地方企業が上場準備で最初に直面するのが、専門人材の確保という課題です。特に CFO 候補となる専門人材の採用には年間1,000〜1,500万円のコストが必要となり、中小規模の企業にとっては大きな負担となります。東京であれば人材市場が豊富で選択肢も多いのですが、地方では専門人材の絶対数が少なく、採用活動自体が困難を極めます。
この人材不足は単なる数の問題ではありません。限られた人員の中で日常業務をこなしながら、同時に上場準備という大規模プロジェクトを進めなければならないという、二重の負担が地方企業にのしかかります。
「昭和型企業」に共通する構造的課題
さらに深刻なのは、日本取締役協会の提言書が「昭和型企業」として指摘する、組織文化に根ざした構造的な課題です。提言書では以下の5つの特徴が挙げられています。
- オーナー一族による高い株式支配率
創業者やその家族が株式の大半を保有し、経営と所有が一体化している状態です。 - 銀行取引・資金繰りへの強い関心と「現金信仰」
高度成長期の手形取引の名残から、現金回収への執念が強く、投資よりも現金保有を優先する傾向があります。 - 家族主義という名の下での経営の属人化
「うちは家族経営だから」という言葉の裏で、実際には社長の意向が全てを決定し、組織的な意思決定が機能していないケースが多く見られます。 - 戦略的な管理会計の不在と情報透明性の欠如
税務申告のための会計処理に終始し、経営判断のための数値管理が行われていない状況です。月次決算も「成り行き」処理で、正確な損益把握ができていません。 - ハラスメントや不正への認識ギャップ
「昔はこうだった」という価値観と、若手従業員の感覚との間に大きな溝が生まれ、人材流出の原因となっています。
なぜ今、ガバナンス整備が必要なのか
このような課題を抱える地方企業にとって、今こそガバナンス整備に取り組むべき3つの理由があります。
事業承継のタイミング
提言書では、今後10年で多くの中小企業が事業承継の最盛期を迎えることが指摘されています。経営者の高齢化が進む中、この事業承継のタイミングこそ、ガバナンス改革の絶好の機会です。属人的な経営から組織的な経営への転換を図らなければ、次世代への円滑な承継は困難です。
TPM ステップアップの時間軸
東証が TPM を「一般市場上場とその後の成長を目指す企業が集う市場」と再定義し、ステップアップ企業の準備期間中央値が2年1か月であることを考えると、TPM 上場時点で既に一般市場移行を見据えた体制整備が求められています。つまり、TPM 上場準備を始めた時点から、約2年後を見据えたガバナンス体制を構築する必要があるのです。
審査効率化への期待
証券会社からは「TPM での実績を勘案した効率的な審査」への期待の声も上がっています。TPM 段階での体制整備の質が、一般市場移行時の審査効率化につながる可能性が示唆されており、早期からの取り組みが重要です。
壁を乗り越えるカギは「段階的アプローチ」
人材不足というリソースの制約と、組織文化に根ざした構造的課題。この二重の壁を前に、多くの地方企業は「うちには無理だ」と諦めてしまいがちです。
しかし、提言書が提案する「スモールスタート・ガバナンス」は、この壁を乗り越える現実的な道筋を示しています。一度に完璧な体制を目指すのではなく、段階的に、自社の規模や状況に合わせて無理のない範囲で体制を拡充していく。このアプローチこそが、限られたリソースでガバナンス整備を実現する鍵となります。

3段階で進める「スモールスタート・ガバナンス」
日本取締役協会の提言書では、「スモールスタート・ガバナンス」として、上場企業並みの枠組みではなく、段階的な導入アプローチが提案されています。ここでは、TPM 上場を目指す地方企業が実践すべき3段階の体制整備を解説します。
第1段階:基本の「型」を整える
取締役会の実質化
提言書では、同族やイエスマンを中心とした名ばかり役員ではなく、企業価値について本質的な議論ができる人材を登用することが求められています。まずは月1回の定期開催と議事録の作成・共有から始めましょう。審議案件を事前に関係者に共有し、会議の検討議題を明確に記録することで、会社の最高機関が活性化していきます。
私が自社の上場準備で特に重視したのは、「TPM 用の簡易版を作らない」ことでした。規程類は最初から一般市場基準で作成し、運用開始することで、後からの大幅な改訂を避けることができました。
基本規程の整備
取締役会規程、職務権限規程、稟議規程など、コーポレート・ガバナンスの基本となる規程を優先的に整備します。提言書でも指摘されているように、「規程を管轄する部署や改廃権限は明確に定まっているか」「規程は従業員に適切に伝達され、常に確認可能な状態か」といった点が重要です。
月次決算の早期化と会計の透明化
提言書では、昭和型企業の課題として「戦略的な管理会計は無視され情報の透明性が欠如している」ことが指摘されています。税務申告のための「成り行き」処理から脱却し、企業会計原則に基づいた適切な会計処理へ移行することが必要です。
「前受金(契約負債)」「前払費用」「未払費用」などの経過勘定に配慮した会計処理を行い、原価、販売費および一般管理費を明確に区分します。これにより、正確な月次損益の把握が可能となり、経営判断の精度が向上します。
第2段階:外部の目線を取り入れる
アドバイザリーボードの設置
提言書では、法的拘束力は持たずとも、戦略やリスクマネジメントに助言を得られる体制の整備が提案されています。地元金融機関 OB や業界経験者を活用し、月1回の開催から始める現実的なアプローチが有効です。
実際、デジタルキューブの上場準備でも、外部の視点を取り入れることで、気づかなかった課題が明確になりました。特に地方企業の場合、地域の金融機関や商工会議所との人的ネットワークを活用することで、適切なアドバイザーを見つけることができます。
社外アドバイザー・監査役の登用
上場企業並みの社外取締役設置は難しくても、現経営陣から独立した視点を持つ人材を登用することは可能です。提言書でも「地元金融機関 OB などを社外取締役として採用する」といった工夫が提案されています。
情報セキュリティと IT 統制
提言書では、中堅・中小企業に見落とされがちなセキュリティリスクが最優先事項として挙げられています。クラウドツールを活用した基本的な統制環境の構築から始めましょう。
第3段階:ステップアップを見据えた高度化
内部統制の構築
J-SOX は TPM では任意ですが、将来を見据えた基礎構築を行います。証券会社からの指摘にあるように、「適時開示・情報管理など一定の体制」を TPM 段階で確立することが、ステップアップ時の審査効率化につながります。
業務プロセスの文書化と統制活動の設計に注力し、段階的な導入により負担を軽減することが重要です。
IR 体制の確立
東証資料では、今後の具体的な施策として「企業の取組みの可視化」が挙げられています。決算説明資料の作成や決算説明会の実施準備を進め、投資家との対話を前提とした IR 体制を構築します。
グロース市場の「事業計画及び成長可能性に関する事項」の開示フォーマットを参考に、ビジネスモデル、市場環境、競争力の源泉、成長戦略の4点を整理しましょう。
役員報酬制度の見直し
提言書では、「役員報酬を企業価値向上と連動させる」ことが提言されています。税務申告からの逆算ではなく、業績連動型への転換を検討します。変動型報酬や株式報酬の活用により、経営陣のモチベーションを企業価値向上に向けることができます。
デジタル化が克服する地方のハンディキャップ
クラウドツールによる地理的制約の克服
私自身、香川県出身で地方の課題を肌で感じてきました。専門人材の確保、最新情報へのアクセス、ネットワークの構築など、地方ならではの課題は確かに存在します。
しかし、デジタル化によってこれらの多くは克服可能です。実際、当社の上場準備でも、クラウドツールを活用することで、神戸や香川と東京の距離をほとんど感じることなく準備を進めることができました。東京の証券会社や監査法人ともオンライン会議で効率的にコミュニケーションを取ることで、地方企業でもスムーズな上場準備が可能になります。
コスト面での現実的な選択肢
東証資料でも指摘されているように、地方企業にとって専門人材の確保は大きな課題です。特に CFO 候補となる優秀な人材の採用には年間1,000〜1,500万円のコストが必要となり、中小規模の企業にとっては大きな負担となります。時間をかけていい人材を探すことが大事です。
FinanScope のようなサービスを活用することで、CFO 候補の採用を落ち着いて進めることができ、まずは経理人材1名と必要に応じた外部コンサルの組み合わせで上場準備を進めることが可能になります。
提言書でも「ガバナンス強化=コスト」という誤解を超えることの重要性が指摘されていますが、適切なツールの活用により、限られたリソースでも効率的に上場準備を進めることができるのです。
「ちょうどいいガバナンス」が成長を加速する
日本取締役協会の提言書は、「ガバナンスは成長のブレーキではなく加速装置である」というメッセージを発信しています。これは、私が自社の上場準備を通じて実感したことと一致します。
地方企業の強みは、地域との強い結びつきです。この強みを損なわずに、経営の高度化を図ることが重要です。提言書が提案する「スモールスタート・ガバナンス」は、段階的な導入により、無理なく確実に体制を整備する現実的なアプローチです。
TPM ステップアップ企業の準備期間中央値2年1か月という数字は、TPM 上場準備の段階から計画的に体制整備を進める必要性を示しています。最初から一般市場を見据えた体制整備、外部の目線を取り入れた実質的なガバナンス、そしてデジタル化による地理的制約の克服。これら3つのポイントを押さえることで、地方企業でも TPM という助走路を最大限に活用できます。
提言書が指摘するように、「ちょうどいいガバナンスを実装することが信頼のブースターになる」のです。ガバナンス体制を適切に整備し、過不足なく機能させている企業にこそ、優秀な人材が集まり、投資家からの引き合いが強くなります。
限られたリソースで効率的に準備を進めるには、適切なツールの活用が不可欠です。FinanScope は、規程整備から企業価値算定まで、上場準備に必要な機能を一貫して提供します。約1/5のコストで専門性を確保し、地理的制約を克服しながら、確実な準備を実現できます。
東証が描く新しい TPM の姿を理解し、今から戦略的な準備を始める企業こそが、次のステージでの成長を実現できるでしょう。
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