【地方証券取引所を知る】第3回 活用編 ─ 重複上場の新潮流と地域 IR という武器

地方証券取引所を知る【第3回】活用編 ─ 重複上場の新潮流と地域 IR という武器

和田拓馬(株式会社デジタルキューブ 取締役 / 公認会計士・税理士)

本稿は、全3回にわたって名古屋・札幌・福岡の 3つの地方証券取引所を多角的に分析する連載「地方証券取引所を知る」シリーズの第3回、最終回です。第1回の総論編では各市場の規模感と地域特性を、第2回の投資編では投資家視点での売買実務と流動性の構造を掘り下げました。

最終回となる今回は、視点を企業側へと移します。第2回では、地方単独上場銘柄が流動性の低さゆえに「流動性ディスカウント」を受けやすいという課題を指摘しました。では、企業はその課題とどう向き合い、地方証券取引所をどう活用しているのか。近年とりわけ顕著なのが、東京証券取引所に上場する企業が地方市場へも籍を置く「重複上場」の新たな潮流です。本稿では、この動きの背景にある企業の動機と、地方取引所が提供する独自の地域 IR の仕組みを軸に、地方市場の戦略的な活用法を論じます。

私が取締役を務める株式会社デジタルキューブは、2024年10月に TOKYO PRO Market へ上場した当事者です。上場準備クラウド FinanScope を通じて全国の地方企業を支援してきた経験を踏まえ、率直にお伝えします。

いま地方市場に「重複上場」が増えている

第1回でも触れたとおり、福岡証券取引所では近年、上場会社数が増加基調にあります。その主因は、すでに東証へ上場している企業が、福証にも重ねて上場する重複上場の動きです。

背景にあるのは、東証の市場区分見直しに伴う上場維持基準の厳格化です。プライム・スタンダード・グロースの各市場で維持基準が引き上げられたことで、基準の充足に不安を抱える企業が、相対的に基準の緩やかな地方市場へ重複上場し、上場維持のリスクに備える動きが広がりました。東証グロースに上場するある企業は、上場維持が危ぶまれるなかで名古屋証券取引所への重複上場を申請し、株主優待制度の見直しもあわせて発表して投資家の注目を集めています。

報道によれば、福岡証券取引所の本則市場には 2025年だけで複数社が新規上場し、1999年以来およそ四半世紀ぶりの高い水準となりました。東証の上場維持基準の厳格化を受け、地方への重複上場が一気に広がった結果です。地方市場が、上場維持に不安を抱える企業の「駆け込み寺」とも評される状況が生まれています。

もっとも、重複上場の動機はリスクヘッジだけではありません。福証に重複上場したある企業は、九州での認知度を高め、九州の投資家比率を引き上げたいという狙いを明確に語っています。地元経済圏に根ざした投資家基盤を新たに築くこと。それ自体を積極的な経営判断として地方市場を選ぶ企業も、確実に増えているのです。

重複上場は「諸刃の剣」でもある

ただし、重複上場を手放しで推奨できるわけではありません。第2回で論じた流動性の問題が、ここでも影を落とします。

地方市場の売買代金は、長期的には伸び悩んでいます。報道では、福証の売買代金が 10年前と比べておよそ 4割減少したとも指摘されており、上場会社数が増える一方で取引の薄さという構造的課題は残されたままです。重複上場をしても、地方市場側の出来高がごくわずかにとどまれば、第2回で述べた最良執行方針のもとで注文の多くは流動性の高い東証側へ取り次がれます。地方市場に籍を置くだけでは、地元投資家との接点は自動的には生まれません。

つまり、重複上場の真価は「上場した後に何をするか」にかかっています。地元の投資家へ自社の存在と魅力をどう届けるか。その地道な情報発信の努力があってはじめて、重複上場は地域での認知度向上という果実を生みます。ここで決定的な役割を果たすのが、地方取引所が独自に整える地域 IR の仕組みです。

地方取引所が提供する「地域 IR」という武器

地方証券取引所は、単に売買の場を提供するだけの存在ではありません。上場企業と地元投資家を直接つなぐ、独自の IR 支援の仕組みを各取引所が築いています。流動性ディスカウントという課題を、企業と投資家の対話によって少しでも埋めようとする取り組みです。

名証 ─ 日本最大級の IR イベントとオンライン施策

名古屋証券取引所は、地域 IR の充実度で群を抜いています。毎年開催される「名証 IR エキスポ」は、個人投資家が上場企業のブースを直接訪れ、担当者から事業内容や業績の説明を受けられる日本最大級の IR イベントです。人気の株式アナリストや著名な講師による講演も組まれ、初心者から熟練の投資家まで幅広い層を集めています。

イベントは対面にとどまりません。「名証 IR セミナー」では、オンラインで個人投資家向けの企業説明会を定期的に開催し、「名証オンライン TV」では企業プレゼンターとアナリストが対談形式で企業の魅力を深掘りします。中部地区の企業を中心としながら、在京・在阪の大企業に名古屋での IR 機会を提供する仕組みも整えられており、参加企業には投資家アンケートのフィードバックも還元されます。地域密着型の強固な投資家層が、こうした地道な施策の積み重ねの上に形成されているのです。

福証 ─ 単独上場会社の会と九州 IPO 挑戦隊

福岡証券取引所では、福証に単独上場する企業が自ら結成した「福証単独上場会社の会」が、株式の流動性向上を目的とした活動を展開してきました。1999年の結成以来、単独上場企業の魅力を投資家へ発信する広報的な取り組みを続けており、行政と地元経済界が一体となって福証の活性化を推進してきた歴史的経緯もあいまって、地域ぐるみで上場企業を支える土壌が根づいています。

上場後の企業を支える仕組みだけではありません。福証は、これから上場を目指す企業の育成にも力を注いでいます。その代表的な取り組みが「九州 IPO 挑戦隊」です。九州 IPO 挑戦隊は、2009年 7月に九州中小・ベンチャー企業 IPO 支援プロジェクト( QSP )の事業として発足しました。3年から 5年以内の株式公開という明確な目標を持つ企業を対象に、福岡証券取引所を事務局とする QSP とその応援団が、上場準備を集中的にサポートするプロジェクトです。

九州 IPO 挑戦隊では1年ごとに入会企業を募集しており、毎年5社程度が入会して IPO に向けた取り組みを進めています。監査法人によるショートレビューを受けられる水準まで企業の経営力や組織力を高めることを目標に掲げ、事業計画の策定支援や専門家の派遣といった実践的なプログラムを提供しています。近年では、入会企業が Fukuoka PRO Market への上場を視野に入れるケースも見られ、地域の上場準備企業にとって、上場への道筋を効率的に描くための有力な選択肢のひとつとなっています。

札証 ─ 札証 Web IR による情報発信

札幌証券取引所も、上場企業の情報発信を支える「札証 Web IR」の仕組みを設け、本則市場・アンビシャス市場の企業や重複上場企業の取り組みを投資家へ届けています。北海道という広域な経済圏のなかで、企業と投資家をオンラインでつなぐ役割を担っています。

こうした地域 IR の仕組みは、地方市場ならではの強みです。東証の大型銘柄が無数のアナリストや機関投資家に注目される一方、地方の中堅企業が全国の投資家から個別に光を当てられる機会は限られます。地方取引所が提供する IR の場は、規模の大きくない企業にとって、自社の物語を投資家へ直接語る貴重な接点となるのです。

本拠地としての地方市場、通過点としての地方市場

地方証券取引所は、企業の成長戦略のなかで二つの異なる役割を果たします。

ひとつは「本拠地(ホーム)」としての役割です。地元に根ざした上場企業として、地域での確固たるブランドと安定した株主基盤を築き、長く事業を営んでいく。東京の一般市場を目指すことだけが正解ではありません。地域を代表する企業であり続けることに価値を見出し、地方市場をホームとして選ぶ経営判断は、十分に合理的です。とりわけ、安定株主の維持や円滑な事業承継を重視する企業にとって、地方市場の特性は親和性が高いと言えるでしょう。

もうひとつは「通過点」としての役割です。プロ投資家向け市場から地方市場の一般市場へ、さらに東証へと段階を踏んで成長していくステップアップの経路です。TOKYO PRO Market から一般市場へステップアップした企業のうち、東証ではなく名古屋・福岡・札幌といった地方市場を選ぶ企業も相当数にのぼります。地方市場のネクスト市場や Q-Board は、いきなり東証を目指すには負荷が大きい企業にとって、現実的な中間ステップとして機能しています。

ステップアップ上場の具体的な実績や準備の進め方については、FinanScope の別コラム「TPM から一般市場へ ─ 中央値『2年1か月・2.0倍』が示す、ステップアップ上場のリアル」で詳しく解説しています。本連載とあわせてご参照いただければ幸いです。

まとめ

最終回となる第3回では、地方証券取引所の戦略的な活用法を、重複上場の新潮流と地域 IR を軸に論じました。要点を整理します。

東証の上場維持基準の厳格化を背景に、地方市場への重複上場が広がっています。その動機は、上場維持のリスクヘッジから、地元投資家基盤の構築という積極的な狙いまで多様です。ただし重複上場をしても、地方市場の出来高は限られるため、上場後の地道な情報発信が成否を分けます。ここで力を発揮するのが、名証の IR エキスポやオンライン施策、福証の単独上場会社の会や九州 IPO 挑戦隊、札証の札証 Web IR といった、各取引所独自の地域 IR・上場支援の仕組みです。そして地方市場は、地域に根ざす「本拠地(ホーム)」としても、成長の途上にある「通過点」としても機能します。

3回にわたる本連載が、地方証券取引所という選択肢を多角的に理解する一助となれば幸いです。流動性という課題を見据えつつ、地域に根ざした資本市場の価値をどう活かすか。自社にとって最適な市場との向き合い方を考えるとき、東京の一般市場だけでなく、地方市場という選択肢を視野に入れていただければと思います。

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