和田拓馬(株式会社デジタルキューブ 取締役 / 公認会計士・税理士)
2026年は、IPO の世界で「ロックアップ」という言葉が例年になく注目を集めています。2026年6月には、史上最大の IPO となったスペースX(SPCX)が米ナスダックに上場し、国内でもタクシー配車アプリを手がける GO(581A)が東証グロース市場に上場しました。いずれの案件でも、市場関係者が上場直後の株価とあわせて熱心に確認していたのが、ロックアップの設計です。
「上場すれば、株主は保有株をいつでも自由に売却できる」。そう考えている方は少なくありませんが、実際には上場後の一定期間、主要な株主は株式を売却できない仕組みが存在します。ロックアップは、上場後の株価形成を左右するだけでなく、IPO 準備の早い段階で設計する資本政策とも深く結びついています。
私自身、デジタルキューブのTPM上場及び一般市場へのステップアップ上場に向けて、資本政策と上場後の株主構成について継続的に検討を重ねている最中です。今回は、ロックアップの基本的な仕組みから、進行中の2つの大型事例、そして IPO 前に取り組むべき準備までを解説します。
目次
ロックアップとは何か ── 定義と仕組み
ロックアップとは、上場前から株式を保有する株主(経営陣、創業者、ベンチャーキャピタル、従業員など)が、上場後の一定期間、保有株式を売却しないことを約束する取り決めをいいます。
目的は明確です。上場直後に大株主が保有株を一斉に売却すると、市場に大量の株式が供給され、株価が急落するおそれがあります。新たに株式を購入した投資家を保護し、上場後の需給を安定させるために、売却を一定期間制限するのです。
2つの類型
ロックアップには、大きく2つの類型があります。
引受証券会社との契約に基づくロックアップ
主幹事証券会社(引受人)との契約に付随して、株主が「一定期間、引受人の事前の書面による同意なしには保有株式を売却しない」旨の確約書を差し入れる形式です。日本の IPO で最も一般的な形態であり、対象となる株主、期間、条件は目論見書に開示されます。
発行会社自身が差し入れる確約
株主だけでなく、発行会社自身も「ロックアップ期間中は新株発行等を行わない」旨を約束するケースがあります。既存株主の売却だけでなく、新株発行による希薄化も株価下落要因となるため、供給側の変動要因をまとめて抑える設計です。
期間と解除条項
ロックアップ期間は、上場日から90日間〜180日間に設定されることが一般的です。
実務上の重要な論点が、解除条項の有無です。日本の IPO では「株価が公開価格の1.5倍以上に達した場合、ロックアップが解除される」といった条件付きのロックアップが広く見られます。株価が十分に上昇していれば売却を認めても需給への影響が限定的、という考え方に基づく設計です。
一方、解除条件のないロックアップも存在します。条件付きと比べて売り圧力が発生する余地が小さいため、投資家からは需給の安定要因として好意的に受け止められる傾向があります。後述する GO の主要株主には、解除条件のないロックアップが設定されています。
ロックアップの主な対象者
ロックアップの対象となるのは、上場前から株式を保有する株主です。立場によって、ロックアップの持つ意味合いは異なります。
経営陣・創業者
経営陣が上場直後に持株を売却すれば、「経営への自信がないのではないか」という疑念を市場に与えかねません。経営陣のロックアップは、需給対策であると同時に、事業への継続的なコミットメントを示すメッセージでもあります。
ベンチャーキャピタル・初期投資家
VC にとって IPO は投資回収(Exit)の機会であり、構造的に最も売却意欲が強い株主層です。売り圧力の中心になりやすいため、ロックアップの対象として特に注目されます。上場時の売出しに計画的に組み込むことで、上場後の売り圧力を事前に軽減する手法も一般的です。
従業員(ストックオプション行使分)
ストックオプションの行使により株式を取得した従業員も、対象となる場合があります。従業員数が多い企業では、行使可能時期の分散設計が需給管理の観点から重要になります。
親会社・グループ会社
親会社が大株主である場合、その動向は需給に大きな影響を与えます。GO の事例では、貸株人である日本交通ホールディングスに対して、他の株主よりも長い360日間のロックアップが設定されました。中核株主に長期のロックアップを設定することで、市場に安定感を示す設計といえます。
「誰が、どれだけの株式を、いつまで売却できないのか」は、すべて目論見書に開示されます。IPO 銘柄を分析する際も、自社の上場を設計する際も、まず確認すべき基礎情報です。
ロックアップが終了すると何が起きるのか ── 進行中の2事例
ロックアップ期間が終了すると、対象株主は保有株を売却できるようになります。市場に供給される可能性のある株式数が一気に増えるため、解除のタイミングは需給の転換点として警戒されます。2026年に上場した2つの大型案件は、まさにいま、ロックアップ解除に向けたカレンダーが進行している最中です。
事例① スペースX(SPCX・米ナスダック)
イーロン・マスク氏率いるスペースX は、2026年6月12日に米ナスダックへ上場しました。調達額で史上最大となった IPO であり、株価は初日に公開価格から19%超上昇して取引を終えています。
華々しい船出の一方で、市場関係者が注視しているのがロックアップの構造です。上場直後に市場で取引可能な株式(フリーフロート)は全体の約4.3%にとどまり、残る95%超はロックアップ制限下の株主が保有しています。約42%を保有するマスク氏には366日間のロックアップが設定されており、「真の試練はロックアップ解除後に訪れる」という警戒の声が、上場直後から報じられていました。
注目すべきは、スペースX が従来型の「180日後に一括解除」ではなく、段階的な解除方式を採用した点です。四半期決算の発表に連動して一定割合ずつ解禁され、株価が公開価格を大きく上回って推移した場合には解禁が前倒しされる条件も組み込まれています。最終的な全面解禁は上場から180日後に設定されています。
一括解除には、解除日に大量の株式供給が集中する「崖」が生じるという課題があります。段階的解除は、売り圧力そのものを消すのではなく、数か月にわたって分散させる設計です。解除のたびに市場が需給を消化していく過程が観察できる、教科書的な事例といえます。
事例② GO(581A・東証グロース)
タクシー配車アプリ「GO」を運営する GO 株式会社は、2026年6月16日に東証グロース市場へ上場しました。想定時価総額・吸収金額ともに国内有数の超大型案件です。
公開株数が多く需給への警戒があったなかで、下支え要因として機能したのがロックアップの設計でした。主要株主には解除条件のない180日間のロックアップが設定され、貸株人である日本交通ホールディングスには360日間のロックアップが課されています。株価条件による途中解除がないため、期間中に主要株主からの売却が発生しない構造が担保されています。
同社の初値は公開価格を下回る展開となりましたが、これは市場環境や公開規模など複合的な要因によるものです。むしろ、公開株数の多い大型案件において、解除条件のないロックアップが需給悪化の歯止めとして組み込まれた点に、設計上の工夫を読み取ることができます。
2つの事例から読み取れること
2つの事例に共通するのは、ロックアップが「解除された瞬間」だけの問題ではない、という点です。解除の時期・割合・条件からなるカレンダー全体が、上場初日から株価形成に織り込まれ、投資家の行動に影響を与え続けます。
同時に、「解除=株価下落」と単純化できないことも重要です。解除によって増えるのはあくまで供給の可能性であり、実際に株価がどう動くかは、業績や成長期待という需要側との綱引きで決まります。解除株数を吸収できるだけの需要を業績で生み出せるかどうかが、最終的な分かれ目になります。
株価を安定させるため IPO 前に取り組むべきこと
ロックアップは上場時に設定される仕組みですが、上場後の需給の土台は、それよりはるか前の資本政策の段階で決まっています。IPO 準備企業が取り組むべきポイントを整理します。
資本政策の早期設計
誰に、どれだけの株式を持たせるか。上場後に売り手となり得る株主がどれだけ存在するかは、資本政策の積み重ねの結果です。株式の発行や譲渡は原則として取り消すことができない、やり直しのきかない意思決定であるため、将来の株主構成と需給まで見据えた設計が欠かせません。
投資家との Exit 方針のすり合わせ
VC など投資回収を前提とする株主を受け入れる場合、Exit の時期と方法について早期に対話しておくことが重要です。上場時の売出しに組み込む、ロックアップ期間について合意しておくなど、上場後の売り圧力を計画的に管理する余地が生まれます。
安定株主づくり
役員・従業員持株会や、事業上の関係が深い取引先など、長期保有を前提とする株主層を育てておくことは、上場後の需給の底堅さに直結します。従業員持株会は福利厚生と安定株主形成を両立できる施策として、多くの上場準備企業が導入しています。
ストックオプションの設計
付与数だけでなく、行使可能時期の設計も需給に影響します。一定期間の勤務継続を条件とするベスティングの設定や、行使時期の分散により、上場後に行使・売却が集中する事態を避けることができます。
上場後を見据えた IR
ロックアップ解除という需給イベントを最終的に乗り越えるのは、業績と成長への期待です。上場はゴールではなくスタートであり、解除時期に向けて業績と成長ストーリーを市場に伝え続ける IR 体制を、上場前から準備しておく必要があります。
TPM とロックアップ ── ステップアップを見据えて
最後に、TOKYO PRO Market(TPM)とロックアップの関係に触れておきます。
TPM には株主数や流通株式に関する形式基準がなく、創業者が株式をほぼ100%保有したまま上場できます。実際、上場時に株式の売出しを実施する企業は限定的であり、大株主の売却が需給を揺らすという場面自体が、TPM では起こりにくい構造です。ロックアップが本格的な論点となるのは、不特定多数の投資家が参加する一般市場の IPO なのです。
ただし、TPM 上場企業が将来グロース市場などへのステップアップを目指す場合は話が変わります。一般市場への上場では公募・売出しを伴い、流通株式比率の基準を満たすために大株主が保有株を放出する局面が生じます。まさにロックアップが現実の設計課題となる場面です。
見方を変えれば、TPM での上場期間は、株主構成と資本政策を整え、ステップアップ後の需給までを設計する準備期間として活用できます。オーナーシップを維持したまま上場企業としての実績を積み、その先の市場でどのような株主構成・需給環境を目指すのか。ロックアップの理解は、そうした長期の資本政策を描くうえでの基礎知識となります。
まとめ
ロックアップは、上場前からの株主による売却を一定期間制限し、上場後の株価と需給を安定させる仕組みです。対象者・期間・解除条件は目論見書に開示され、スペースX の段階的解除、GO の解除条件のないロックアップのように、その設計自体が案件の個性となり、市場の評価に影響を与えます。そして上場後の需給の土台は、資本政策・株主構成・インセンティブ設計といった、IPO 準備の早い段階の意思決定によって形づくられます。上場を目指す経営者にとって、ロックアップの理解は、上場後まで見据えた資本政策を設計するための出発点といえるでしょう。
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