デジタルキューブ 取締役 / 公認会計士・税理士 和田 拓馬
2024年12月に福岡証券取引所が Fukuoka PRO Market(以下、FPM)を開設し、プロ向け市場が国内で2市場目となってから1年半余り。2026年6月、今度は札幌証券取引所(以下、札証)が Sapporo PRO Frontier Market(以下、SPFM)を開設することで、国内に3つ目のプロ向け市場が誕生します。
私自身、デジタルキューブの CFO として TOKYO PRO Market(以下、TPM)の上場準備を進め、2024年10月に上場を果たした一人として、プロ向け市場の地方への広がりを心から歓迎しています。地方企業が抱える「一般市場への高い壁」という課題に対して、SPFM が北海道においてどのような解決策をもたらすのか、本コラムでは制度設計から実務的なメリットまで詳しく解説します。
目次
SPFM 誕生の背景 │ なぜ今、なぜ北海道なのか
北海道経済は現在、大きな転換点を迎えています。次世代半導体製造拠点として千歳市にラピダス社が進出、再生可能エネルギー資源の豊富さを背景とした産業構造の変化が加速しています。2024年6月には北海道・札幌市が金融庁より「GX 金融・資産運用特区」の対象地域に指定を受け、グリーントランスフォーメーション(以下、GX)分野を中心に国内外から成長資金を呼び込む土台が整いつつあります。
こうした産業転換の波を受けながらも、北海道内の中堅・中小企業が資本市場にアクセスする手段は長らく限られてきました。一般市場への上場には株主数・利益額・時価総額などの厳格な形式基準が課されており、成長段階にある企業にとって過重な負担となっていたためです。SPFM は、GX 特区と連動した産業特化型のプロ向け市場として、その障壁を取り除く役割を担っています。
市場開設に向けた準備は段階的に進んでいます。2025年12月のパブリックコメントを経て、2026年3月19日に制度を施行しました。審査・指導を担う「S-Adviser」(エス・アドバイザー)の資格申請受付も同日に開始され、2026年4月3日にはフィリップ証券株式会社が初の S-Adviser 資格を取得しています。2026年6月下旬の売買開始(市場開設)を目指して、最終的な準備が進んでいる状況です。
SPFM の制度設計 │ TPM との比較で理解する
SPFM は、TPM が2009年に確立したプロ向け市場の制度スキームを継承しています。投資家を金融商品取引法に規定される「特定投資家等」に限定することで、一般投資家保護のための厳格な形式基準を設けない柔軟な設計が実現しています。特定投資家とは、機関投資家や一定の要件を満たす個人投資家など、知識・経験・財産の観点からリスク管理が可能と認められる者を指します。FPM も同様のスキームを採用しており、3市場は制度的に共通の骨格を持っています。
主な比較項目を以下に整理します。
| SPFM | 札証一般市場 (アンビシャス等) | |
|---|---|---|
| 上場基準(数値) | 形式要件なし | 形式要件あり |
| 監査期間 | 直近 1 年間 | 直近 2 年間 |
| 四半期開示 | 任意 | 必須 |
| 内部統制報告書 | 任意 | 必須 |
| 主な投資家 | 特定投資家等(プロ投資家) | すべての投資家 |
SPFM 独自の特徴として際立つのが、GX 関連分野への手数料優遇です。再生可能エネルギー事業、生成 AI・半導体生産関連事業、農林水産業・宿泊飲食業など、北海道が強みを持つ産業分野の企業に対して新規上場時の手数料が優遇される仕組みが設けられました。また、上場時にプロ投資家から資金調達を行う企業も優遇対象に含まれており、エクイティ調達の活性化を強力に後押しする設計になっています。
上場基準の実態 │ 「形式基準ゼロ」が意味すること
SPFM において最も重要な特徴は、数値による形式基準が存在しない点です。株主数300人以上、流通株式の時価総額、純資産額、利益の額といった一般市場で必須とされる要件が一切設けられていません。オーナー1人が全株式を保有している状態でも、先行投資段階で赤字を計上しているスタートアップであっても、上場を検討できます。
数値基準に代わり、SPFM では「上場適格性要件」という実質的な基準が審査の核心となります。S-Adviser による厳格な調査・確認を経て、以下の5つの柱が評価されます。
第一の柱は、「市場の評価の維持」です。会計・税務・法律体系への十分な理解と、上場予定日から12か月分の運転資金の確保が問われます。継続企業としての最低限の信頼性を担保するための基準といえるでしょう。
第二の柱は、「事業の公正かつ忠実な遂行」です。経営者・役員とその近親者との関連当事者取引の把握、牽制体制、代表者の資質が審査されます。公私混同の排除と会社資産の適切な保全が焦点となります。
第三の柱は、「コーポレート・ガバナンスおよび内部管理体制」です。企業の規模に応じた実効性ある体制の整備が求められます。大企業並みの過剰な仕組みではなく、自社の実態に合った運用できる体制が対象である点が重要です。
第四の柱は、「適切な情報開示体制」です。インサイダー取引防止を含む開示体制の構築が必須となります。
第五の柱は、「反社会的勢力との関係遮断および公益保護」です。反社会的勢力との一切の関係排除と、設立以来の株主異動状況の把握が絶対条件となります。
監査証明の期間が1年間で足りる点も、準備期間の短縮という観点で大きな意味を持ちます。一般市場に必要な2年間と比較すると、実質的にリードタイムを1年程度短縮できる計算です。四半期開示・内部統制報告書の提出がいずれも任意であることも、管理部門の作業負担を大幅に削減する要因となります。
コスト構造 │ 一般市場・TPM との費用差を数字で見る
上場を検討する経営者が最初に気にするのはコストではないでしょうか。SPFM の料金体系は以下のとおりです。
| 料金種別 | 金額(消費税別) |
|---|---|
| 上場審査料 | なし |
| 新規上場料 | 250万円 |
| 年間上場料(1〜5年目) | 24万円 |
| 年間上場料(6〜10年目) | 36万円 |
| 年間上場料(11年目以降) | 48万円 |
初年度に発生する直接費用は、300万円程度に収まります。
年間上場料が段階的に引き上げられる設計は、段階的に一般市場(アンビシャス市場・本則市場)へステップアップすることを促すインセンティブ設計です。「プロ向け市場を通過点として活用する」という戦略と整合した料金体系といえるでしょう。
監査法人への報酬や S-Adviser への月額報酬といった間接費用についても、監査期間1年・四半期開示任意という制度設計により、一般市場と比べてコストを抑えやすい構造になっています。TPM への上場企業の中には、準備段階から FinanScope のような上場準備クラウドを活用してタスク管理と規程整備を自社主導で進めることで、外部コンサルタント費用をさらに圧縮した事例もありますので、ぜひご活用いただければと思います。
S-Adviser 制度と GX 特区 │ SPFM を SPFM たらしめる2つの要素
S-Adviser 制度
S-Adviser は、SPFM における審査・指導の根幹を担う存在です。TPM における J-Adviser 制度を参考に設計されており、上場前の審査から上場後のモニタリング・助言まで継続的に企業に伴走する「伴走者」であると同時に、市場の信頼性を担保する「ゲートキーパー」の役割も担っています。
S-Adviser 資格の取得には、申請日から遡って5年間のうちコーポレート・ファイナンス助言業務(新規上場・追加上場・M&A 等の助言・審査・公開支援業務)の経験を通算3年以上有する「S-QS」(資格保有者)を、常勤の役職員として確保していることが必要です。
2026年4月3日に初の S-Adviser 資格を取得したフィリップ証券株式会社は、TPM の J-Adviser としても豊富な実績を持ちます。プロ向け市場のノウハウが SPFM にも活用される形であり、円滑な立ち上げが期待できます。今後、地域金融機関のグループ証券会社などが S-Adviser として参入すれば、融資(デット)と出資(エクイティ)を組み合わせた地域完結型の支援が可能になります。FPM において佐賀銀行が F-Adviser として加わった先例があるだけに、北海道でも同様のエコシステムが育つことへの期待は高まっています。
GX 金融・資産運用特区との連携
TPM や FPM と比べて SPFM が最も明確に差別化されているのが、GX 金融・資産運用特区との連携です。北海道・札幌市は特区指定を活かし、GX 関連投資の呼び込みとアジアの金融・資産運用センターとしての地位確立を目指しています。
SPFM は、再生可能エネルギー・生成 AI・半導体・農林水産業・宿泊飲食業など、北海道の産業的強みと合致する分野の企業に対して手数料優遇を設けました。ラピダス進出に伴う半導体サプライチェーンの形成、広大な土地を活かした風力・太陽光発電、豊富な食資源と観光需要 ── 北海道が全国的な競争優位を持つ領域と SPFM のターゲット産業は見事に重なっています。GX 特区という国家戦略との連動は、単なる「地方の新市場」との差別化ポイントとして、国内外の機関投資家の関心を集める可能性も秘めています。
北海道企業が上場で得られる実利
資金調達以外の観点から、北海道企業にとっての上場メリットを整理しておきたいと思います。
第一に、信用力の向上と取引拡大が挙げられます。「札証上場企業」というステータスは、取引先・顧客・金融機関への強力な信頼シグナルとなります。建設業では公共工事の経営事項審査(経審)において上場企業が加点評価を受けるケースがあり、不動産業では上場による財務透明性の向上が金融機関からの評価向上につながり、土地仕入れや開発資金の融資条件改善も期待できます。財務の透明性が担保されることで、大手企業や広域展開する企業との新規取引も成立しやすくなるでしょう。
第二に、採用ブランディングと人材定着の効果があります。少子高齢化が進む地方において、優秀な若手人材の確保は死活的な課題です。上場企業であることは「安心して長く働ける成長企業」というメッセージになり、U ターン・I ターンを検討する専門人材にとっても帰郷を決断する動機となりえます。地方市場への上場が採用ブランディングに寄与した TPM 企業の事例は複数確認されており、地理的・業種的なハンディキャップは上場によって克服可能です。
第三に、事業承継とガバナンス整備への貢献があります。北海道内の多くの老舗・中堅企業が後継者不在問題を抱えています。上場準備プロセスは属人的経営から組織的経営への転換を促す機会であり、社内規程の整備・月次決算の早期化・内部統制の構築が自然に進む契機になります。監査済み財務情報の公開と企業価値の客観的な可視化により、透明性の高い事業承継が実現しやすくなります。TPM 上場企業からは「経営者保証が外れることで事業承継がしやすくなった」という声が多数寄せられており、北海道の企業にとっても同様の効果が期待できます。
ステップアップの現実性 │ TPM の先行実績から読み解く
SPFM はアンビシャス市場・本則市場への移行を見据えた「助走路」として設計されていますが、ステップアップの実現可能性について、先行する TPM の実績データが参考になります。
TPM から一般市場へのステップアップを果たした企業数は17社(2026年3月末時点)です。移行に要した期間の中央値は2年1か月であり、時価総額の成長率中央値は2.0倍に達しています。一般的な IPO 準備期間と比較しても同水準であり、プロ向け市場を「本格上場に向けた実証期間」として有効に活用している企業が多いことがわかります。最短ではわずか9か月でのステップアップ事例もあり、準備の質と戦略次第で迅速なステージアップも可能です。
東証は2026年秋を目処に、プロ向け市場での上場実績を勘案した一般市場への上場審査効率化の検討を進めています。プロ向け市場段階で整備したガバナンスや開示体制の実績が正式に評価されるようになれば、ステップアップ時の準備コストと審査期間の両面で大きな恩恵が生まれます。SPFM においても、札証のアンビシャス市場・本則市場との連携強化が進むことが期待されます。
まとめ │ SPFM を戦略的な「通過点」として活用するために
SPFM の制度設計を改めて整理すると、「形式基準ゼロ・監査1年・低コスト・GX 特区連携・S-Adviser 伴走」という5つの要素が組み合わさり、地方の中堅・中小企業が上場にアクセスするための現実的な入口が整いました。
重要なのは、SPFM を「終着点」ではなく「戦略的な通過点」として位置づけることです。上場準備プロセスを通じてガバナンスを整え、S-Adviser の指導のもとで開示体制を確立し、アンビシャス市場・本則市場へのステップアップを視野に入れながら企業価値を高めていく ── これが SPFM の本来の活用モデルだと私は考えています。
北海道という地域が持つ産業的ポテンシャルと、SPFM という新しい資本市場インフラが交わるこのタイミングに、上場を選択肢として真剣に検討していただきたい企業は少なくないはずです。
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FinanScope では、上場準備に関する疑問や不安を解消するための無料オンライン相談会を実施しています。本記事でご紹介した内容以外にも、企業の状況に合わせた具体的なアドバイスを提供しています。
相談可能な内容
- SPFM・TPM・FPM の選択と自社に適した上場市場の見極め方
- S-Adviser の選定と連携のポイント
- アンビシャス市場・本則市場へのステップアップを見据えた上場戦略
- GX 特区を活用した資金調達と上場準備の進め方
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