デジタルキューブ 取締役 / 公認会計士・税理士 和田 拓馬
TOKYO PRO Market(以下、TPM)への上場を検討する際、「自社の業種特性をどう活かすか」という視点が欠かせません。TPM には形式基準がなく柔軟な上場が可能とはいえ、業種ごとに審査で重視されるポイントや、上場後の成長戦略は大きく異なるからです。
私自身、デジタルキューブの CFO として TPM 上場準備を進める中で、同じ上場を目指す企業でも、IT 企業と製造業、サービス業では課題がまったく違うことを実感しました。FinanScope を通じて上場準備企業を支援する中でも、業種特性を踏まえたアドバイスの重要性を日々感じています。
本シリーズでは、TPM 上場企業の業種別データを分析し、各業種に適した上場戦略を4回にわたって解説していきます。第1回となる本稿では、TPM 上場企業の約15%を占める「不動産業」に焦点を当てます。
目次
不動産業界の TPM 上場企業22社の分析
TPM における不動産業の存在感
東京証券取引所が公表した「プロマーケットの今後の方向性について」によると、TPM 上場企業149社の業種分類において、不動産業は22社(15%)を占め、サービス業(37社・25%)、情報・通信業(25社・17%)に次ぐ第3位の規模となっています。
一般市場(プライム・スタンダード・グロース)と比較すると、TPM における不動産業の比率は相対的に高い水準にあります。なぜ不動産業界は TPM を選好するのでしょうか。
不動産業が TPM を選ぶ3つの理由
1. 形式基準がないことによる柔軟性
一般市場では、株主数(グロース市場で150人以上)、流通株式数、利益額、時価総額といった形式基準をクリアする必要があります。不動産業は景気変動や金利動向の影響を受けやすく、また不動産売買等では1件あたりの単価が高く利益率の変動が激しい業種でもあるため、特定時点の数値基準を満たすことが難しいケースも少なくありません。
TPM には形式基準が存在せず、「上場適格性要件」という実質基準で審査が行われます。企業が事業を公正かつ忠実に遂行しているか、コーポレート・ガバナンスおよび内部管理体制が適切に機能しているかが問われるため、業績の変動が大きくても上場のチャンスがあります。
2. オーナーシップ維持と信用力獲得の両立
不動産業、特に地方で事業を展開する企業にとって、地主や地元金融機関との長期的な信頼関係は事業の生命線といえます。一般市場では上場時に一定割合の株式を放出し、多数の株主を持つ必要がありますが、TPM では創業家が高い持株比率を維持したまま上場することが可能です。
経営の自由度を保ちながら「東証上場企業」という信用力を獲得できる点は、地域密着型の不動産企業にとって大きなメリットとなります。
3. デットファイナンスへの効果
不動産ビジネスでは、土地の仕入れや物件購入に多額の先行投資が必要であり、その原資の多くは銀行借入によって賄われます。未上場の中小不動産企業にとって、金融機関からの融資枠は常に成長のボトルネックとなってきました。
TPM 上場企業は、監査法人による会計監査を受け、J-Adviser によるコンプライアンスチェックをクリアし、適時開示を行っている「公器」として認定されます。東証資料に掲載された上場企業の声として「TPM 上場後、銀行からの借入が圧倒的にしやすくなり、業績が大きく伸びた」「経営者保証が外れることで、事業承継がしやすくなる」という実感が紹介されています。
不動産企業にとって、TPM 上場はエクイティ(株式)による資金調達の場である以上に、デット(借入)の条件を改善するための「信用力のレバレッジ」として機能しているのです。
不動産業の TPM 上場企業に見られる特徴
TPM 上場を果たした不動産企業を分析すると、いくつかの共通する特徴が浮かび上がります。
まず、「地域密着型」のビジネスモデルを持つ企業が多い点が挙げられます。特定のエリアにおける情報優位性(地主との関係、独自の物件情報ルートなど)を競争力の源泉としており、全国展開ではなく深耕戦略を取る企業が目立ちます。
次に、「不動産再生」や「リノベーション」といった付加価値型ビジネスを手掛ける企業が増えている点も特徴的です。単純な売買仲介や賃貸管理だけでなく、遊休不動産の再生や用途変更によって価値を創出するビジネスモデルは、ストーリー性があり投資家への訴求力も高いといえます。
不動産業に適した上場タイミング
市況との向き合い方
不動産業界は景気循環の影響を受けやすく、「いつ上場するか」という判断が難しい業種でもあります。好況期に上場準備を始めても、審査期間中に市況が悪化し、業績が下振れするリスクも考慮しなければなりません。
TPM の場合、準備期間の中央値は約2年とされています。上場時点の業績だけでなく、上場後の持続的な成長見通しを説明できることが重要です。
私がお伝えしたいのは、「完璧なタイミングを待たない」ということです。市況が良いときは準備に着手する余裕があり、市況が悪いときは競合他社が上場を見送るため相対的に注目されやすい、という見方もできます。重要なのは、自社の事業計画と市況見通しを組み合わせた「ストーリー」を構築できるかどうかでしょう。
事業承継を見据えたタイミング
地方の不動産企業において、TPM 上場のきっかけとして多いのが「事業承継」です。創業社長の個人的な信用力や人間関係で成り立っていた会社を、組織としての信用力で回る会社へと脱皮させる契機として、上場準備を位置づけるケースが増えています。
東証資料でも「経営者保証が外れることで、事業承継がしやすくなる」という声が紹介されており、後継者への円滑なバトンタッチを実現するための手段として TPM 上場が活用されています。
事業承継を見据える場合、現経営者が元気なうちに準備を始めることが肝要です。上場準備には2年程度かかるため、承継のタイミングから逆算して計画を立てる必要があります。

資産評価と企業価値算定 ─ 不動産業特有の論点
「含み益」と「事業価値」の乖離
不動産業の企業価値評価は、他の業種と比較して特殊な難しさがあります。
通常、非上場企業の評価には「純資産法(コストアプローチ)」が用いられることが多いものの、不動産企業の場合、帳簿上の資産価格(簿価)と実際の市場価格(時価)に大きな乖離(含み損益)が生じているケースが多々あります。長期間保有している土地や建物は、取得時の価格で計上されているため、簿価が現在の市場価値を大きく下回っている可能性があるのです。
一方で、将来の収益力に基づく「インカムアプローチ(DCF 法など)」も重要な視点となります。開発中のプロジェクトや将来の賃料収入が生み出すキャッシュフローこそが、その企業の真の価値を表しているという考え方です。
3つの評価手法と使い分け
FinanScope では、不動産企業の複雑な評価構造に対応するため、以下の3つの手法を並行してシミュレーションすることが可能です。
DCF 法(Discounted Cash Flow 法)
将来の事業計画(開発プロジェクトの販売計画や賃料収入)に基づき、現在価値を算出する手法です。不動産デベロッパーのように将来の成長性が高い企業に適しています。開発案件のパイプラインや、販売計画の確度が評価のポイントとなります。
類似会社比較法(マルチプル法)
上場している類似の不動産企業の株価指標(PER、PBR、EV/EBITDA 倍率など)を参考に価値を算出する手法です。市場環境を反映した客観的な評価が可能であり、投資家への説明においても説得力を持ちます。
時価純資産法
保有する不動産を時価評価(鑑定評価額や路線価等を使用)し、負債を差し引いて純資産価値(NAV:Net Asset Value)を算出する手法です。資産管理会社や賃貸業を主体とする企業に適しています。
不動産企業の場合、これら3つの手法による算定結果を比較検討し、自社のビジネスモデルに最も適した評価アプローチを選択することが重要です。
自社の価値を「可視化」する意義
地方の不動産企業にとって、自社の適正な株価を知ることは容易ではありませんでした。その結果、経営者は「自社の価値がいくらかわからない」まま、銀行交渉や事業承継の議論を進めることになりがちです。
FinanScope では、事業計画と決算書に基づいて、迅速に価値を算定しています。また、「来期のマンション販売戸数を10戸増やした場合、企業価値はどう変わるか」「賃料単価を5%上げたらどうなるか」といったシミュレーションを経営者自身が手元で行っていただくことができ、資産評価が「専門家任せのブラックボックス」から「経営判断のための羅針盤」へと変わります。
地域特性を活かした成長戦略
TPM 上場企業の地域分布
TPM 上場企業の本店所在地を見ると、東京以外に所在する企業が60社(40%)を占めており、一般市場と比較して地方企業の比率が高い点が特徴的です。グロース市場では東京所在企業が76%を占めるのに対し、TPM では東京以外の企業がより多く上場しているのです。
不動産業においても、地方都市を拠点とする企業が TPM を活用して成長基盤を強化するケースが増えています。
地域密着型モデルの強みを活かす
地方の不動産企業は、その地域における情報優位性を競争力の源泉としています。地主との長年の関係、地元金融機関とのネットワーク、地域の開発動向に関する独自情報など、大手デベロッパーには真似できない強みを持っています。
TPM 上場は、地域密着型モデルの強みを維持しながら、以下のような成長機会を獲得する手段となります。
人材採用力の強化
「東証上場企業」というブランドは、U ターン・I ターンを希望する優秀な人材に対する訴求力となります。地方の不動産企業にとって、専門人材の確保は常に課題ですが、上場企業としてのステータスがあれば採用競争力が高まります。
取引先との関係深化
上場により財務の透明性が高まることで、大手ゼネコンや金融機関との取引条件が改善される可能性があります。信用調査のハードルが下がり、新規取引先の開拓もしやすくなります。
M&A による成長
地方では後継者不在の不動産会社が増加しており、M&A による事業拡大の機会が広がっています。東証資料でも「M&A をしてほしいと声がかかることが増えた。上場企業への売却であれば従業員も安心と思われているようだ」という上場企業の声が紹介されています。
地方金融機関との新しいパートナーシップ
注目すべき動きとして、地方銀行が J-Adviser 資格を取得する事例が出てきています。佐賀銀行が TPM の支援免許「J-Adviser」を取得したことは、地域金融機関が融資だけでなく資本政策まで含めた包括的な支援を行う時代の到来を示唆しています。
地方の不動産企業にとって、メインバンクである地方銀行が J-Adviser となれば、融資と上場支援を一体的に受けられるメリットがあります。今後、こうした動きが各地で広がる可能性があり、上場のハードルがさらに下がることが期待されます。
上場準備における実務ポイント
不動産業特有の審査論点
不動産企業が TPM 上場を準備する際、特に注意すべき論点があります。
関連当事者取引の整理
不動産業では、社長個人の土地を会社が借りている、社長の親族が経営する建設会社に発注している、といった取引が多く見られます。上場審査においては「利益相反」の観点からチェックされるため、事前に整理・解消するか、合理的な取引条件であることを説明できる体制を整える必要があります。
在庫(棚卸資産)評価の適正性
販売用不動産の評価が適正に行われているかは、監査法人が重点的にチェックするポイントです。特に、長期滞留している物件や、市況悪化により時価が取得価額を下回っている物件については、減損の要否を検討する必要があります。
収益認識のタイミング
不動産販売は引き渡し時期によって売上計上のタイミングが変わるため、期ズレが発生しやすい業種です。予算と実績の乖離を適切に管理し、予実分析を徹底する体制が求められます。
準備期間とコスト
TPM 上場の準備期間は、中央値で約2年とされています。コストについては、総額2,000〜4,000万円程度(監査報酬、J-Adviser 報酬、コンサルティング費用等)が目安となります。一般市場の準備コスト(1億〜2億円程度)と比較すると、圧倒的に低コストで上場を実現できます。
上場後の維持コストについても、TPM は年間1,500〜2,500万円程度であり、一般市場(年間4,000〜6,000万円程度)より負担が軽減されます。
不動産企業にとって、年間2,000万円程度の維持コストは、借入金利の低下効果や人材採用コストの削減効果を考慮すれば、十分にペイする投資であるといえるでしょう。
まとめ ─ 不動産企業が TPM を活用すべき理由
TPM は、地域密着型の不動産企業にとって、経営の自由度を維持しながら上場企業としての信用力を獲得できる唯一の市場です。
形式基準がないため業績変動の影響を受けにくく、オーナーシップを維持したまま上場できる柔軟性があります。金融機関からの信用力向上によるデットファイナンスの改善効果は、資金需要の大きい不動産業にとって特に大きなメリットとなります。
また、事業承継を見据えた経営基盤の強化、M&A による成長戦略の実現、人材採用力の向上など、上場がもたらす効果は多岐にわたります。
FinanScope では、不動産企業特有の資産評価(DCF 法、類似会社比較法、時価純資産法)に対応した企業価値算定機能や、関連当事者取引の整理を含む上場準備タスクの管理機能を提供しています。FinanScope を活用することで、専門人材が限られる地方企業でも、効率的に準備を進めることが可能です。
次回からは、建設業・サービス業の TPM 上場戦略について解説します。人材集約型ビジネスならではの論点や、事業承継における上場の役割について掘り下げていきます。
無料相談会のご案内
FinanScope では、上場準備に関する疑問や不安を解消するための無料オンライン相談会を実施しています。本記事でご紹介した内容以外にも、企業の状況に合わせた具体的なアドバイスを提供しています。
相談可能な内容
- 不動産業特有の上場準備ポイント
- 資産評価・企業価値算定の進め方
- 関連当事者取引の整理方法
- J-Adviser・監査法人の選定について
- FinanScope の具体的な活用方法
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