株式会社デジタルキューブ 取締役 和田拓馬(公認会計士・税理士)
2026年6月30日、札幌証券取引所に Sapporo PRO Frontier Market(以下、SPFM)が開設されます。
SPFM の制度概要 ── 形式基準の撤廃、監査期間1年、S-Adviser 制度、GX 特区との連携 ── については、別稿「SPFM とは何か」で詳しく解説しています。今回取り上げたいのは、開設を目前にした6月に相次いで確定した2つの具体的な事実です。
ひとつは、S-Adviser の陣容が7社に固まったこと。もうひとつは、第1号銘柄として株式会社アットマークテクノの上場が承認されたことです。
制度は「設計図」にすぎません。設計図が実体を持つのは、そこに人と企業が動いたとき。この2つの事実は、SPFM が単なる制度上の器から、機能するエコシステムへと変わりつつあることを示しています。本稿では、その意味を実務的な視点から読み解いていきます。
目次
上場承認までの事前の動き
市場の紹介記事において「審査が速い」という表現を見かけます。ただ、経営者・CFO の立場からは、もう一歩踏み込んで理解しておきたいところです。
まず事実を確認しましょう。アットマークテクノ社は2026年5月25日に SPFM への上場を申請し、同年6月8日に承認を得ました。申請から承認まで、わずか10営業日、上場予定日は市場開設日そのものである6月30日です。
なぜ10営業日が実現できるのか。答えは事前の準備期間にあります。
一般市場の審査期間が2〜3ヶ月を要するのは、取引所が上場適格性の調査を審査プロセスの中で実質的に担っているためです。SPFM では、取引所審査の前段に S-Adviser による「意向表明プロセス」が置かれています。S-Adviser が申請企業の上場適格性を事前に徹底的に調査・確認した後に申請する設計になっているため、取引所が受け取るのはすでに精査された情報です。審査の主体が「取引所+主幹事証券」から「S-Adviser+取引所」という構造にシフトしており、情報の非対称性が小さい状態から審査が始まります。
経営者・CFO にとっての実務上の意味はふたつあります。
第一に、上場タイミングの予測可能性が大幅に高まる点です。一般市場では審査が長引き、当初想定していた資金調達時期や採用計画に狂いが生じるリスクが常にあります。SPFM では S-Adviser との緊密な連携のもとで準備を進めることで、スケジュールの見通しが立てやすくなります。事業投資のタイミングと上場時期を連動させた資金計画が組みやすくなる点は、実務上の大きなメリットです。
第二に、速さの恩恵は「準備ができた企業へのご褒美」であるという点を理解しておく必要があります。10営業日という審査スピードは、S-Adviser による事前精査が十分に完了していることを前提とします。準備が整わないまま申請しても、審査は前進しません(=S-Adviserの社内審査を通過しません)。「速い市場」ではなく「準備した企業に速い市場」という解釈が正確です。私自身、デジタルキューブの TPM 上場準備を経験した立場から申し上げると、この認識を持って準備に入ることがスケジュール設計の精度を高めます。
第1号銘柄「アットマークテクノ」が体現するもの
新市場の第1号銘柄は、その市場が誰に向けて設計されているかを雄弁に語ります。FPM の第1陣の1社が地元・北九州のリユース事業者(ライフクリエイト社)だったように、第1号の選択は市場のコンセプトを象徴します。
株式会社アットマークテクノは、1997年創業、北海道札幌市北区に本社を置く組み込みプラットフォームメーカーです。主力製品ブランド「Armadillo(アルマジロ)」は、Arm プロセッサと Linux OS を組み合わせた産業用 IoT ゲートウェイ・CPU ボードであり、工場設備・農業センサー・インフラ監視など、フィジカルな産業現場とデジタルをつなぐエッジコンピューティングの基盤として国内企業に広く採用されています。担当 S-Adviser はフィリップ証券です。
SPFM の制度趣旨との合致を、3つの軸で考えてみます。
軸①:ハードウェア開発という資本構造の特性
組み込みプラットフォームの開発・製造は、設計・試作・量産の各段階で多額の先行投資を要します。製品サイクルも長く、投資回収の時間軸は数年単位に及ぶのが特徴です。一時的な赤字や低利益期が生じやすい事業構造であり、「利益の額」を形式基準とする一般市場では上場タイミングが制約されやすい。形式的な利益基準を持たない SPFM の設計は、こうした先行投資型ビジネスに対して最も合理的な資本市場アクセスを提供します。「将来の成長ポテンシャルをプロ投資家が直接評価する」という SPFM の本質が、このような企業にとって本来的な選択肢になります。
軸②:北海道に根ざした純粋な地場テクノロジー企業
SPFM は「北海道の未来をひらく企業を育む」というビジョンを掲げています。第1号銘柄が四半世紀にわたり北海道で技術開発を続けてきた企業であることは、市場のナラティブとして大切な要素です。東京や大阪の企業が利便性で選ぶ市場ではなく、北海道に軸足を置く企業のための市場であるというメッセージを、第1号上場が体現しています。
軸③:GX 特区政策との産業的親和性
IoT・エッジコンピューティングは、再生可能エネルギーの遠隔監視・制御、農業の精密センシング、ラピダス進出に伴う半導体サプライチェーンのデジタル化など、北海道が国家戦略として推進する産業群の技術インフラを担います。GX 特区連携を SPFM の差別化軸とするならば、その産業基盤を担う企業が第1号となることは、制度と市場の整合性という観点で理想的な出発点といえます。
3つの軸を重ね合わせると、「制度の趣旨を体現した企業が第1号になった」という見方ができます。これは単なる偶然ではなく、S-Adviser(フィリップ証券)と SPFM の制度設計が、適切な企業を適切な市場へと導いた結果だと感じています。
さらに重要なのは、第1号銘柄が持つ「シグナリング機能」です。後続上場を検討する企業にとって、アットマークテクノの事例は「どのような事業特性・準備状況の企業が承認を得たか」という先例となります。市場参加者への情報発信として、第1号の象徴性は開設後も長く機能し続けます。
S-Adviser 7社の陣容分析 ── 多様性が意味すること
TPM が2009年の開設時に抱えた課題のひとつは、J-Adviser の数と多様性の不足でした。選択肢が限られると、アドバイザーとの相性問題が上場検討の障壁になりかねません。SPFM は開設時点で7社という陣容からスタートします。各社の特徴を以下に整理しました。
| 機関 | 主な強み・背景 |
|---|---|
| フィリップ証券 | アジア発グローバル金融ネットワーク。TPM の J-Adviser としても実績を持ち、第1号案件を担当 |
| 宝印刷 | ディスクロージャー・IR 支援の国内最大手。開示実務のノウハウが最も厚い機関のひとつ |
| 日本 M&A センター | 国内最大級の M&A 仲介ネットワーク。資本政策・事業承継との連動支援が強み |
| タナベコンサルティング | 全国の中堅・中小企業を対象とする経営コンサルティングファーム |
| ジャパンインベストメントアドバイザー | 投資銀行ビジネス・金融ソリューションに強みを持つ |
| 船井総合研究所 | 業種別やテーマ別など、中堅企業・中小企業コンサルティングに強みをもつ。 |
| ブリッジコンサルティンググループ | 公認会計士を中心とした企業で、自社が TPM から東証グロースへステップアップした経験を持つ上場企業。 |
この陣容を見て最初に気づくのは、「証券会社だけでない」多様性です。ディスクロージャー会社、M&A 仲介、経営コンサル、投資銀行 ── 異なる専門性を持つ機関が S-Adviser として参入しています。
なぜ多様性が重要なのか。上場準備において企業が必要とする支援は、審査対応だけではないからです。IR 開示の設計(宝印刷)、資本政策と M&A の組み合わせ(日本 M&A センター)、経営管理体制の構築(船井総研・ブリッジ)── 事業フェーズや課題の性質によって、相性のよい S-Adviser は異なります。S-Adviser 選びが、事実上の上場戦略の起点になるという認識を持っておくとよいでしょう。
特に注目したいのが、複数の企業が TPM・FPM・SPFM の3市場すべてで審査・支援が可能となり、「どの市場が自社に最適か」という問いに対して、特定市場への誘導バイアスなくフラットに比較・提案を受けられる環境が整いました。市場間の比較を客観的に行える支援機関の存在は、企業の市場選択の質を高めます。
また、ブリッジコンサルティンググループが S-Adviser として参入している点も興味深いと感じています。同社は TPM(2022年5月上場)から東証グロース(2023年6月上場)へ、わずか1年でステップアップを果たした企業です。「上場した側」の実践知を持つ機関が、支援する側に回っています。FinanScope を展開するデジタルキューブも TPM 上場企業として類似の立場にあり、この構造には共感を覚えます。
今後の展開として期待したいのが、地域金融機関の参入です。北海道に根ざした金融機関が S-Adviser として加わることで、SPFM のエコシステムはさらに厚みを増すでしょう。FPM では佐賀銀行・九州 FG 証券(肥後銀行・鹿児島銀行のグループ会社)が F-Adviser として参入し、「融資(デット)と上場(エクイティ)の一気通貫支援」を実現しています。メインバンクが上場の窓口となる構造は、地方中小企業の経営者にとって心理的ハードルを大きく下げます。北海道でも同様のエコシステムが育つ余地は、制度的に十分あります。

SPFM を選ぶ合理性と、選ばない合理性
既存の制度解説記事ではメリットを正面から論じることが多いのですが、検討中の経営者・CFO にとって本当に有益な情報は、「向く企業」と「慎重に考えるべき企業」の双方を誠実に示すことだと考えています。
SPFM が合理的な選択になる企業像
北海道に本社または主要事業拠点を持ち、地元での信用・採用ブランドの構築を上場目的の一つとしている企業。先行投資型の事業(ハードウェア・再生可能エネルギー・農業テック・観光インフラ等)で業績の一時的な変動が避けられない企業。アンビシャス市場・本則市場へのステップアップを5年以内に明確に見据えており、SPFM を「助走路」として位置づけられる企業。経営者・管理部門のリソースが限られており、四半期開示・内部統制報告書の義務化を当面避け、本業への集中を優先したい企業。あるいは事業承継の文脈で、組織の透明性向上と経営者保証の解除を目指している企業。
これらの条件が複数重なる場合、SPFM という選択は強い合理性を持ちます。
慎重に検討すべき企業像
VC からのシリーズ B・C 等、追加ラウンド調達を近い将来の資金調達の主軸とする場合、注意が必要です。上場企業への投資を規程で制限しているファンドが一定数存在するため、「いつ上場するか」が VC との関係に影響するケースがあります。これは SPFM 固有の問題ではなく、TPM を含むプロ向け市場全般に共通する論点ですが、SPFM を検討する段階で確認しておくべき事項として挙げておきます。
株式の流動性確保を通じた既存株主(創業メンバー・エンジェル投資家等)のイグジットが短期目標の場合も、慎重な検討が必要です。SPFM はプロ投資家限定市場であり、流動性は一般市場に比べて限定的になります。これは欠点ではなく制度上の特性ですが、イグジットを主目的とする場合には向きません。
北海道との接点が薄く、GX 特区の重点産業にも該当しない場合、TPM や FPM と比較して SPFM を選ぶ固有のメリットは薄れます。市場の選択は、自社の目的と文脈に照らして判断することが重要です。
来週の開設が意味すること
SPFM を巡る直近の動きを時系列で振り返ると、以下の流れになります。
2026年3月19日に制度が施行され、同日から S-Adviser の資格申請受付が開始されました。4月3日にフィリップ証券が初の S-Adviser 資格を取得し、その後、宝印刷(5月18日)、船井総合研究所・ブリッジコンサルティンググループ(6月5日)と続き、計7社の陣容が整いました。5月25日にアットマークテクノが上場申請し、6月8日に承認。上場予定日は市場開設日の6月30日です。
3ヶ月あまりの間に、制度・人・企業という3つの要素が揃いました。
一言で言えば、「検討しやすい市場になった」ということです。制度だけが存在する段階では、「どんなアドバイザーが実際に動いているのか」「どんな企業が上場するのか」という具体的なイメージが持ちにくいものです。第1号銘柄と7社体制という事実が積み上がったことで、SPFM への上場を検討する企業が「自社はどのアドバイザーに話を聞けばよいか」「第1号の企業と自社はどこが似ていてどこが異なるか」という具体的な比較検討ができるようになります。
私自身、デジタルキューブの CFO として TPM の上場準備を進めた経験から、「先行事例が存在すること」の重要性を実感しています。制度の文言だけでは見えない「実際の審査でどの点が問われるのか」「準備にどのくらいの時間がかかるのか」という情報は、先行企業の事例から学ぶことでしか得られません。その意味で、アットマークテクノという第1号の存在は、後続企業にとって大きな意味を持ちます。
なお、2026年8月28日(金)には SPFM 開設のタイミングに合わせ、札幌でバックオフィス Meetup Vol.3 を開催します。テーマは「SPFM 開設、いま北海道から上場を考える編」です。SPFM が正式に動き始めた後の北海道で、上場準備の実務や地元の資本市場環境について語り合う場を持てることを楽しみにしています。詳細・お申し込みは FinanScope 公式サイトおよび X アカウント(@FinanScope_pr)にてご案内します。
まとめ
SPFM の開設を前に、本稿で確認してきた事実を整理します。
制度は2026年3月19日に施行されました。S-Adviser は開設時点で7社が揃い、証券会社・ディスクロージャー会社・M&A 仲介・経営コンサルという多様な属性が並んでいます。第1号銘柄として、北海道発の IoT プラットフォームメーカー・アットマークテクノが、申請から10営業日という制度設計通りのスピードで承認されました。
3つの事実が示すのは、SPFM が「設計図の段階」から「機能するエコシステムの前夜」へと変わったということです。
「なぜ上場するのか」「どの市場が自社の目的に合うのか」 ── この問いへの答えが北海道の文脈の中にある企業にとって、情報収集と検討を始めるには今が最も適切なタイミングではないかと感じています。
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相談可能な内容
- SPFM・TPM・FPM の市場比較と自社への適合性
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