日経平均は活況、グロース IPO は半減 ── 相場に振り回されない上場設計のすすめ

日経平均は活況、グロース IPO は半減 ── 相場に振り回されない上場設計のすすめ

和田拓馬(株式会社デジタルキューブ 取締役 / 公認会計士・税理士)

「なぜ上場するのか」 ── この問いに向き合わないまま上場設計を進めると、外部環境に経営を振り回されることになります。

「相場が整うのを待つ」という判断には、構造的な問題があります。上場準備には 2〜3 年かかります。「体制が整ったタイミング」と「相場が整ったタイミング」が一致する保証はどこにもありません。準備を急いで相場に合わせようとすれば体制が追いつかず、相場を待って準備を止めれば組織が弛んでいく。

ただ、今の上場準備の現場では、「相場を待つ」よりも根本的な問題が起きています。AI 関連・半導体関連株への注目が高まり「AI バブル」「半導体バブル」という言葉も聞かれるような市場の活況を横目に、グロース市場での IPO 件数は 2025年上半期に前年同期比で約 50% 急減しています。相場が盛り上がっているのに、グロースへの上場が難しくなっている。この逆説の背景には、制度変化があります。

本コラムでは、グロース市場をめぐる制度変化の実態を整理した上で、「グロースを目指す」という前提を問い直し、TOKYO PRO Market(TPM)経由の上場設計という選択肢を考えます。

「グロースを目指す」という前提が変わった

東証グロース市場は、「高い成長可能性を持つ企業向けの市場」として設計されています。上場後は「事業計画及び成長可能性に関する事項」の開示が義務づけられ、ビジネスモデル・市場環境・競争優位性・成長戦略を投資家に説明し続けることが求められます。

2022年の市場区分再編を経て、多くの企業がグロースを「とりあえずの上場先」として目指してきました。ところが、その前提が 2025年に大きく崩れました。

上場維持基準が大幅に引き上げられた

2025年9月、東証はグロース市場の上場維持基準の見直しを正式に発表しました。現行の「上場後10年経過時点で時価総額40億円以上」という基準から、「上場後5年経過時点で時価総額100億円以上(2030年3月1日以降適用)」へと大幅に引き上げられることが決定しています。

この変更の意味は重大です。現在グロース市場に上場している約610社のうち、時価総額が100億円に達していない企業はおよそ70%に上ります。つまり、既存の上場企業の大半が将来の上場廃止リスクを抱えることになります。

新規上場を目指す企業への影響はさらに直接的です。上場時の形式基準は据え置かれていますが、主幹事証券会社は「上場後5年で時価総額100億円に到達できるか」という視点で案件を選別するようになっています。2024年以降、主幹事証券会社に時価総額が大きい案件を優先する傾向が強まり、IPO 準備企業が証券会社の支援を得にくくなる傾向も出てきています。

グロース IPO 件数は急減している

この制度変化の影響は、数字に直接表れています。2025年上半期のグロース市場への IPO 件数は18社と、前年同期の34社から約50%の急減となりました。日経平均が活況を呈する局面でも、グロースへの上場件数は過去10年で最も低い水準に落ち込んでいます。

「相場が良ければグロースに上場しやすい」という前提は、もはや成り立ちません。相場とは別の次元で、グロースへの上場ハードルが構造的に上がっているのです。

制度変化が上場設計に与える影響

グロース市場の維持基準引き上げは、上場準備企業の戦略に3つの影響をもたらしています。

① グロースを目指せる企業が絞られた

「5年で時価総額100億円」という基準は、上場時点で相当の成長ストーリーと実績が求められることを意味します。現在グロースに上場している企業の中央値的な規模感(時価総額30〜50億円台)では、この基準を余裕を持ってクリアできません。

新規上場を検討している企業にとって、「グロースで上場できれば御の字」という発想は通用しなくなっています。上場後5年で100億円への到達を見据えた成長計画が描けるかどうかが、グロースを目指すことの前提条件になりました。

② 上場準備中の企業がグロース断念→他市場へシフトしている

グロース上場を断念した企業が TPM や名古屋証券取引所ネクスト市場への切り替えを検討するケースが実際に増えています。「グロースの準備をしてきたが、主幹事証券との契約に問題が生じた」「成長計画の見直しが必要になった」という企業が、次の選択肢として TPM に目を向けている状況です。

これは、TPM が「グロースに行けない企業の逃げ場」という消極的な位置づけではなく、制度変化を受けた上場設計の合理的な見直しとして選ばれている、という点が重要です。

③ 「上場を目指す意味」を問い直す機会になっている

グロースへの上場ハードルが上がったことで、「なぜ上場するのか」という問いに向き合わざるを得ない状況が生まれています。資金調達のためなのか、信用力向上のためなのか、採用力強化のためなのか、組織の永続性担保のためなのか ── 目的によって、最適な市場とルートは異なります。

上場準備のプロセス自体が、ガバナンス・財務管理・内部統制という経営基盤を鍛える機会になるという視点については、コラム「『上場を目指す』という戦略 ─ IPO しない選択も含めて考える企業成長のデザイン」で詳しく論じています。

TPM が積極的な選択肢として浮上している理由

TOKYO PRO Market(TPM)は、特定投資家(プロ投資家)を対象とした市場です。形式基準がなく、「経営の実態として上場企業としての要件を満たしているか」という実質基準で審査されます。

TPM が今、積極的な選択肢として評価されている理由は3点あります。

上場ハードルが構造的に異なる

グロース市場への直接上場を目指す場合、主幹事証券会社に「5年で100億円に到達できる案件」と評価してもらう必要があります。一方、TPM には時価総額や成長率に関する数値要件がありません。「上場企業としての実態を備えているか」という審査基準が適用されるため、安定収益型の企業・地方企業・管理体制が途上の企業にとって、現実的なルートとなります。

また、上場準備に必要な監査期間も1期分で足ります。グロースが直近2期の監査証明を必要とすることと比較すると、準備期間を大幅に短縮できます。

「上場企業」としての効果は先取りできる

TPM への上場により「東京証券取引所の上場企業」という信用が得られます。取引先・金融機関・求職者に与える効果は、市場の種別に関わらず発生します。グロースへの上場を待っている 3〜5 年の間、ずっと「非上場企業」のままでいる機会損失を考えると、先に TPM で上場して信用力・採用力を獲得するという選択は合理的です。

TPM 上場を経験した経営者からも、「上場の効果で優秀な管理系人材を採用でき、一般市場に向けた対応も着実に進められている。ステップを踏む形にして良かった」という声が東証資料に紹介されています。

上場後の資金調達も可能

「TPM では資金調達できない」という誤解があります。実際には、1.8億円から9億円規模の第三者割当増資の事例が存在します。目的と準備次第で、TPM 上場後も機動的な資金調達は十分に実現できます。制度の詳細と実例については、コラム「TOKYO PRO Market 上場後の資金調達 ─ 実例から読み解くエクイティファイナンスの実務と制度」をご参照ください。

TPM 経由のステップアップという設計

TPM を経由して一般市場へ移行する「ステップアップ上場」は、東証資料でもデータが示されています。これまでに約220社が TPM に上場し、うち17社が一般市場へのステップアップを果たしています。ステップアップまでの期間の中央値は「2年1か月」、時価総額成長率の中央値は「2.0倍」です。

TPM 経由のステップアップには、グロース直接上場にはない固有のメリットがあります。

準備の段差を分散できることが最大のメリットです。グロース直接上場では、形式基準を満たす体制整備・成長ストーリーの構築・上場手続きをほぼ同時に進める必要があります。TPM 経由であれば「まず TPM 水準で上場し、上場後に一般市場水準へとレベルアップする」という段階設計が可能です。体制整備の負荷を時間軸に分散できます。

一般市場審査の効率化という制度的な追い風も整いつつあります。東証は2026年秋以降の施策として「TPM 上場企業としての実績を勘案した一般市場審査の効率化」を検討しています。TPM での開示・ガバナンスの実績が一般市場審査に正式に反映されるようになれば、審査期間の短縮が期待できます。

またステップアップ先は東証グロースだけではありません。17社の事例を見ると、東証(グロース・スタンダード)への移行は7社にとどまり、残る10社は名古屋証券取引所・福岡証券取引所・札幌証券取引所など地方市場を選んでいます。地域密着型のビジネスを営む企業にとって、地元市場への上場は採用・取引先との関係強化に直接効いてきます。「TPM 経由のステップアップ=東証グロース」という前提を外すと、選択肢の幅は大きく広がります。

ステップアップを見据えた体制整備の具体的な3軸(体制整備・成長ストーリーの言語化・資本政策の設計)については、コラム「上場後の成長戦略① ─ TPM 市場を活用した次のステージへの準備」で詳しく解説しています。

注意点 ── TPM 経由でグロースを狙う場合の実務リスク

TPM 経由のステップアップを検討する際、見落としやすい実務上の注意点があります。

TPM 上場の翌期にグロース市場への上場を目指す、いわゆる「TPM と一般市場の短期連続上場」は、両者の主幹事(J-Adviser と証券会社)が同一でない限り、実務上の相当な困難を伴います。TPM の審査対応と一般市場の審査対応が重複することで、審査が円滑に進まなくなるリスクがあります。場合によってはグロース上場を断念せざるを得ないケースも想定されます。

「TPM をすぐに通過点として使えばいい」という安易な発想で臨むと、このリスクに直面します。TPM 経由でグロースを目指す場合には、最初から J-Adviser に相談した上で、主幹事証券会社の同意を取り付けながらスケジュールを設計することが不可欠です。

TPM は「逃げ場」でも「簡易上場」でもありません。目的を明確に持ち、ステップアップを見据えた体制整備を TPM 段階から始めることが、この選択肢を有効に機能させる前提条件です。

どんな会社に向いているか

制度変化を踏まえた上で、「TPM 経由が合理的」と判断できるケースを整理します。

ケース① 成長ストーリーが「5年で時価総額100億円」の水準に届かない

グロース市場の新たな維持基準を踏まえると、「5年で100億円」が現実的に見えない企業がグロースを直接目指すことは、上場後の廃止リスクを抱えることを意味します。信用力・採用力の向上が主な目的であれば、TPM で十分に達成できます。

ケース② 主幹事証券会社の支援が得にくい規模感の企業

時価総額が大きい案件を優先する証券会社の傾向が強まる中、中小規模の企業がグロースへの主幹事契約を結ぶことは以前より難しくなっています。TPM であれば J-Adviser が審査から上場後の伴走まで担う構造であり、証券会社の優先順位に左右されません。

ケース③ 地方に本社があり、地元市場への上場が事業戦略に合う

東京の一般市場への上場よりも、地元市場への上場が採用・信用という観点で効果的なケースがあります。「TPM → 地方市場ステップアップ」は地方企業の成長戦略として合理的です。我々デジタルキューブが神戸に本社を置きながら TPM 上場を選択した理由のひとつも、まさにこの判断でした。

ケース④ 管理部門が手薄で、体制整備に時間が必要

CFO・管理部長クラスの人材がまだいない、規程類の整備が途上 ── こうした状況でグロースへの直接上場を急ぐのは無理があります。「TPM 水準の体制を整えてから上場し、上場後に一般市場水準へ引き上げる」という段階設計の方が、組織への負荷が小さく確実性が高まります。TPM 上場によって「上場企業」という信用力が生まれ、優秀な管理系人材の採用が進むという好循環も、複数の先行事例が示しています。

ケース⑤ 上場のメリットを早く実感したい

グロースへの直接上場の準備に 3〜5 年かかるとすると、その間はずっと「上場の効果がない非上場企業」のままです。TPM であれば準備期間が 2 年程度に短縮でき、採用力向上・信用力向上・組織の引き締めという効果を早期に享受できます。

もちろん、グロースへの直接上場が正解である企業も存在します。VC から出資を受けており投資家へのリターンが必要な企業、資金調達額の最大化が最優先の企業、「5年で時価総額100億円」が現実的な成長計画を持つ企業 ── こうした条件が揃う場合は、グロースを直接目指す方が合理的です。

重要なのは、「グロースを目指すのが当然」という前提を一度外し、「なぜ上場するのか」という問いへの答えを起点に、「どの市場に・いつ・どのルートで」を設計することです。その選択肢のひとつとして、TPM 経由のステップアップ上場があります。

まとめ

グロース市場の上場維持基準が「5年で時価総額100億円以上」へと正式に引き上げられ、2025年上半期のグロース IPO 件数は前年同期比約50%減という現実が生まれています。「グロースを目指すのが当然」という前提は、制度変化によって崩れました。

この変化は、上場設計を見直す機会でもあります。TPM は形式基準がなく、経営の準備が整ったタイミングで上場できる柔軟性を持ちます。制度変化を受けてグロースを断念した企業が積極的な選択肢として TPM に注目している背景には、「上場企業としての実態を整えながら信用力を獲得し、段階的にステージを上げる」という合理性があります。

ただし、TPM を「グロースへの近道」として安易に使おうとすると、J-Adviser と主幹事証券会社の関係に関する実務リスクに直面します。TPM 経由のステップアップが機能するのは、目的を明確に持ち、最初から設計を丁寧に行った場合に限られます。

AI バブル・半導体バブルとも言われる相場の活況の中でも、グロース IPO 件数の急減という事実は、「相場環境よりも制度環境が上場設計を規定する時代」への転換を示しています。上場という経営判断を外部環境に委ねるのではなく、自社の目的と現状から設計する ── その起点として、本コラムがお役に立てれば幸いです。

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