デジタルキューブ 取締役 / 公認会計士・税理士 和田 拓馬
TOKYO PRO Market(以下、TPM)において、最も多くの上場企業を擁する業種がサービス業です。東京証券取引所が公表した「プロマーケットの今後の方向性について」によると、TPM 上場企業162社(2026年1月末時点)のうち、サービス業は38社(約23.5%)で、4社に1社がサービス業という構成になっています。
しかし「サービス業」という括りは非常に広く、その中身は多様です。人材派遣・人材紹介、コンサルティング、介護・福祉、教育、飲食、広告・マーケティング、清掃・ビルメンテナンス — それぞれに異なるビジネスモデルと経営課題を持っています。
本稿では、サービス業に共通する特性である「人材集約型ビジネス」という観点から、TPM 上場の戦略的意義を解説するとともに、サブカテゴリごとの論点にも触れていきます。前回までの不動産業(資産集約型)、建設業(許認可・技術集約型)との対比を意識しながら、人的資本をいかに企業価値に転換するかという視点で整理します。
目次
サービス業38社の分析 ─ 多様性の中の共通項
サービス業が TPM を選ぶ理由
サービス業が TPM 上場を選択する背景には、業種特有の事情があります。
1. 人材確保における競争力強化
サービス業の多くは、人材が事業の根幹を担う「人材集約型ビジネス」です。優秀な人材を確保できるかどうかが、事業の成長を左右します。
「東証上場企業」というステータスは、採用市場において大きなアドバンテージとなります。特に、中小規模のサービス企業が大手企業と人材獲得競争を行う際、上場企業であることは求職者に対する信頼性の証となり、応募数の増加や内定承諾率の向上につながります。
東証資料でも「TPM 上場後、当社のみならず当社の役職員も銀行からの信用力が上がり、ローンの借入が行いやすくなったことから、モチベーションの向上が見られている」という声が紹介されています。上場が従業員のエンゲージメント向上にも寄与することを示す好例です。
2. 形式基準がないことによる柔軟性
サービス業は、景気変動や顧客企業の業績に左右されやすい業種も多く、人材集約型であるが故に規模の大きい企業が有利になる傾向があります。一般市場の厳格な形式基準(利益額、時価総額等)をクリアすることが難しい企業にとって、実質基準で審査される TPM は現実的な選択肢となります。
また、サービス業は製造業や不動産業と比較して固定資産が少なく、純資産規模も相対的に小さい傾向があります。純資産額の基準がない TPM は、アセットライトなビジネスモデルのサービス企業にとって適した市場といえます。
3. 事業承継と組織化の契機
サービス業、特に創業者が強いリーダーシップで牽引してきた企業では、事業のノウハウや顧客関係が経営者個人に属人化しているケースが少なくありません。上場準備を通じて、業務プロセスの標準化、マニュアル整備、権限委譲を進めることで、「個人商店」から「組織」への脱皮を図ることができます。
サービス業のサブカテゴリと特性
サービス業は多様なサブカテゴリを含んでおり、それぞれに異なる経営課題と上場準備のポイントがあります。
人材派遣・人材紹介
労働者派遣法、職業安定法に基づく許認可が必要であり、コンプライアンス体制の整備が重要な審査ポイントとなります。派遣スタッフの労務管理、派遣先との契約管理など、特有の内部統制が求められます。
コンサルティング・専門サービス
知識やノウハウが商品であり、「人」そのものが収益源となるビジネスモデルです。キーパーソンへの依存度が高い場合、その人材が退職した際のリスクをどう説明するかが審査上の論点になります。
介護・福祉
介護保険法に基づく指定事業者としての許認可管理が必要です。また、介護報酬という公定価格に収益が左右されるため、制度変更リスクへの対応が求められます。人材確保難が深刻な業界であり、上場による採用力強化は大きなメリットとなります。
飲食・フードサービス
店舗展開型のビジネスであり、出店計画と資金調達の関係が重要になります。食品衛生法に基づく営業許可の管理、衛生管理体制の整備が審査ポイントとなります。
広告・マーケティング
特定の大口顧客への売上依存度が高い場合、その取引の継続性や顧客分散の計画について説明を求められることがあります。デジタルマーケティング領域では、IT 企業との境界が曖昧な部分もあり、次回取り上げる IT・情報通信業との共通点も多くなっています。

人材集約型ビジネスの上場メリット
「人的資本」という新しい企業価値の軸
近年、企業価値の評価において「人的資本(Human Capital)」への注目が高まっています。2023年3月期決算から、一般市場の上場企業には人的資本に関する情報開示が義務化されました。従業員数、平均年齢、平均勤続年数といった基本情報に加え、人材育成方針、ダイバーシティの状況、従業員エンゲージメントなど、定性的な情報開示も求められるようになっています。
サービス業にとって、この流れは追い風となります。製造業や不動産業のように「モノ」や「資産」で企業価値を説明しにくいサービス業にとって、「人」を軸とした企業価値の説明ができることは、投資家や金融機関との対話において有効な武器となるからです。
人的資本を可視化する3つの視点
サービス企業が上場準備において人的資本を整理する際、以下の3つの視点が重要になります。
1. 人材の「量」と「質」
従業員数、資格保有者数、専門スキルを持つ人材の人数など、定量的な情報を整理します。サービス業では、特定の資格(社会保険労務士、中小企業診断士、介護福祉士、調理師など)が事業に直結するケースが多く、有資格者の確保状況は重要な経営指標となります。
2. 人材の「定着」と「育成」
離職率、平均勤続年数、研修制度の有無と受講実績など、人材の定着・育成に関する情報を整理します。サービス業は離職率が高い傾向にありますが、業界平均と比較して自社の状況がどうかを説明できることが重要です。
3. 人材の「生産性」
一人当たり売上高、一人当たり営業利益など、人材の生産性を示す指標を把握します。上場準備を通じて業務効率化を進め、生産性向上のストーリーを描けることが理想的です。
FinanScope による人的資本の評価
FinanScope では、将来の事業計画に基づく DCF 法による企業価値算定が可能です。サービス業の場合、事業計画の前提となる「人員計画」が企業価値に直結します。
「来期に営業人員を5名増員した場合、売上と利益はどう変わるか」「採用コストを投じて人材を確保した場合の投資回収期間は何年か」—— こうしたシミュレーションを行うことで、人的資本投資と企業価値の関係を定量的に把握できます。
人材集約型ビジネスにおいては、「人への投資」が成長の源泉であり、その投資効果を数値で説明できることは、投資家や金融機関との対話において大きな強みとなります。
技術・ノウハウの可視化方法
属人化からの脱却
サービス業において、技術やノウハウが特定の個人に属人化していることは、経営上のリスクとなります。その人材が退職した場合、サービス品質の低下や顧客離反につながる恐れがあるためです。
上場審査においても、キーパーソンへの依存度は確認されるポイントです。「社長がいなくなっても会社は回るのか」「特定の営業担当者に売上が集中していないか」といった観点から、組織としての持続可能性が問われます。
ノウハウの組織知化
属人化を解消するためには、個人が持つ暗黙知を組織の形式知に転換する取り組みが必要です。
業務マニュアルの整備
日常業務の手順を文書化し、誰でも一定の品質でサービスを提供できる体制を構築します。マニュアルは一度作って終わりではなく、定期的に更新・改善していく仕組みが重要です。
研修プログラムの体系化
新入社員研修、階層別研修、専門スキル研修など、人材育成のプログラムを体系化します。研修の実施記録を残し、どの従業員がどのスキルを習得したかを管理できる状態にしておくことが望ましいでしょう。
ナレッジマネジメントの導入
顧客対応の事例、成功・失敗の経験、業界の知見など、組織内の知識を蓄積・共有する仕組みを導入します。グループウェアやナレッジベースツールの活用が有効です。
上場準備を「組織化」の契機に
上場準備は、単なる審査対応ではなく、会社を「組織」として成長させる絶好の機会です。規程類の整備、業務フローの文書化、内部統制の構築 —— これらの取り組みは、上場後も会社の基盤として機能し続けます。
FinanScope では、40以上の規程テンプレートを標準装備しており、就業規則、賃金規程、人事評価規程など、人材マネジメントに関する規程の整備をサポートしています。また、業務フロー図の作成やリスク管理体制の構築など、内部統制に関するタスクも体系的に管理できます。
事業承継における上場の役割
サービス業の事業承継課題
サービス業における事業承継は、製造業や建設業とは異なる難しさがあります。
顧客関係の承継
サービス業では、経営者個人と顧客との信頼関係が取引の基盤になっているケースが多く見られます。「社長だから発注している」という顧客に対して、後継者がどのように関係性を引き継ぐかは大きな課題です。
ブランドの承継
特に創業者の名前や個性がブランド化しているコンサルティング会社やクリエイティブ企業では、創業者なき後のブランド維持が課題となります。
人材の流出リスク
経営者交代を機に、優秀な人材が離職するリスクがあります。特に、創業者との個人的な関係で入社した幹部人材の定着は、承継成功の鍵となります。
TPM 上場による解決アプローチ
TPM 上場は、サービス業の事業承継課題に対して以下のような効果をもたらします。
「会社」としての信用確立
上場により、「社長個人への信頼」から「会社としての信頼」への転換が進みます。監査済みの財務諸表、整備されたガバナンス体制、適時開示による透明性 —— これらが顧客や取引先に対する信用の基盤となります。
組織としての魅力向上
「東証上場企業で働いている」という事実は、従業員のエンゲージメント向上に寄与します。経営者交代後も、上場企業としてのステータスが人材定着の要因となり得ます。
後継者候補の選択肢拡大
上場企業であれば、社内昇格だけでなく、外部からの経営人材招聘も現実的な選択肢となります。上場企業の経営経験を持つプロ経営者を招くといった戦略も取りやすくなるでしょう。
業界再編における M&A 活用
サービス業界の M&A 動向
サービス業界では、業界再編を目的とした M&A が活発化しています。特に以下のような領域で動きが顕著です。
人材サービス
人材派遣・人材紹介業界では、大手による中堅・中小の買収が進んでいます。人材データベースの獲得、地域カバレッジの拡大、専門領域の強化など、戦略的な意図を持った M&A が増加しています。
介護・福祉
後継者不足や人材確保難を背景に、介護事業者の M&A が増加しています。大手による地域事業者の買収、異業種からの参入など、業界地図が変化しつつあります。
IT サービス・デジタルマーケティング
デジタル人材の獲得を目的とした M&A が活発です。大手企業がスタートアップや専門企業を買収し、デジタルケイパビリティを強化する動きが続いています。
上場と M&A の相乗効果
TPM 上場は、M&A 戦略においても有利に働きます。
買い手としてのメリット
上場企業は、株式を対価とした M&A が可能になります。現金流出を抑えながら事業拡大を図れるため、成長戦略の選択肢が広がります。サービス業において、同業他社や補完的な事業を持つ企業を買収し、サービスラインの拡充やクロスセルの機会を創出するといった戦略が取りやすくなります。
売り手としてのメリット
将来的な Exit を視野に入れる場合も、上場企業であることはプラスに働きます。財務情報が監査済みであること、ガバナンス体制が整備されていることは、買い手にとっての安心材料となり、M&A 交渉がスムーズに進みやすくなります。
FinanScope では、M&A を視野に入れた企業価値評価に加え、M&A アドバイザリーサービスも提供しています。サービス業界に精通した専門家が、案件の発掘から成約までをサポートします。
上場準備における実務ポイント
サービス業特有の審査論点
サービス業が TPM 上場を準備する際、特に注意すべき論点があります。
許認可の管理
人材派遣業(労働者派遣事業許可)、職業紹介業(有料職業紹介事業許可)、介護事業(介護保険法に基づく指定)、飲食業(食品衛生法に基づく営業許可)など、サービス業には許認可が必要な業種が多く含まれます。許認可の取得状況、更新期限の管理、法令遵守体制の整備が審査ポイントとなります。
労務管理の適正性
サービス業は人件費比率が高く、労務管理の適正性が重要な審査項目となります。労働時間管理、残業代の適正支払い、社会保険の加入状況、36協定の締結・届出など、労働関係法令の遵守状況が確認されます。
過去に労務問題(未払い残業代、労働基準監督署からの是正勧告等)があった場合、その内容と是正状況について説明を求められる可能性があります。
顧客・取引先への依存度
特定の大口顧客に売上が集中している場合、その取引の継続性がリスク要因として認識されます。顧客分散の状況や、大口顧客との取引関係の安定性について説明できるよう準備しておく必要があります。
キーパーソンへの依存度
前述のとおり、特定の人材に事業が依存している場合、その人材の退職リスクをどう管理するかが論点となります。後継者育成計画、組織的なサービス提供体制の構築状況などを説明できるようにしておきましょう。
準備スケジュールと留意点

TPM 上場の準備期間は、中央値で約2年とされています。サービス業の場合、以下の点に特に留意が必要です。
早期の労務監査実施
労務管理に問題がある場合、是正には時間がかかります。未払い残業代がある場合は過去に遡って支払いが必要になることもあり、財務的なインパクトも生じます。上場準備の早い段階で社会保険労務士等による労務監査を実施し、問題点を洗い出しておくことを推奨します。
人材育成・定着施策の強化
「人的資本」を強みとして訴求するためには、人材育成や定着に向けた取り組みの実績が必要です。上場準備と並行して、研修制度の整備、キャリアパスの明確化、評価・報酬制度の見直しなどを進めていきましょう。
業務の標準化・マニュアル化
属人化した業務を組織的な業務に転換するには、相応の時間がかかります。上場準備の初期段階から、業務フローの可視化とマニュアル整備に着手することが重要です。
コストと投資対効果
上場準備・維持コストの目安
TPM 上場の準備コストは、総額2,000〜4,000万円程度が目安となります。一般市場の準備コスト(1億〜2億円程度)と比較すると、大幅に低コストでの上場が可能です。
上場後の維持コストは、年間1,500〜2,500万円程度です。
サービス業における投資対効果
サービス業にとって、年間2,000万円程度の維持コストは、以下のメリットを考慮すれば十分にペイする投資といえます。
採用コストの削減
人材紹介会社への紹介料は、採用者の年収の30〜35%が相場です。年収500万円の人材を採用する場合、150〜175万円の紹介料が発生します。上場により知名度が向上し、直接応募やリファラル採用が増加すれば、採用コストを大幅に削減できます。
離職率の低下
上場企業としてのステータスが従業員のエンゲージメント向上に寄与し、離職率が低下すれば、採用・育成コストの削減につながります。人材集約型ビジネスにおいて、人材の定着は収益性に直結する重要な要素です。
資金調達環境の改善
上場により金融機関からの信用力が向上し、借入条件が改善される効果も期待できます。事業拡大や M&A のための資金調達がしやすくなるでしょう。
まとめ ─ サービス業が TPM を活用すべき理由
サービス業は TPM 上場企業の最大勢力であり、多様なサブカテゴリの企業が TPM を活用して成長しています。人材集約型ビジネスという共通特性を持つサービス業にとって、TPM 上場は以下のような戦略的価値をもたらします。
人材確保力の強化
「東証上場企業」というブランドは、採用市場における競争力向上に直結します。優秀な人材を確保し、定着させることが、サービス業の成長エンジンとなります。
人的資本の可視化
上場準備を通じて、人材の「量」「質」「定着」「生産性」を整理・可視化することで、投資家や金融機関に対して説得力のある企業価値のストーリーを構築できます。
組織化・標準化の推進
属人化した業務を組織的な業務に転換し、「個人商店」から「会社」への脱皮を図ることができます。事業承継においても、この組織基盤が円滑な承継を支えます。
M&A による成長
株式を活用した M&A が可能になり、業界再編の流れの中で成長機会を捉えやすくなります。
FinanScope では、サービス業の上場準備に必要なタスク管理、人的資本の評価を含む企業価値算定、M&A 支援まで包括的にサポートしています。
次回は、本シリーズ最終回として、IT・情報通信業の TPM 上場戦略を解説します。技術資産の評価、エンジニア組織の健全性、API 依存度リスクなど、IT 企業特有の論点を掘り下げていきます。
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