事業承継とは? 3つの選択肢とそれぞれのメリット・デメリット

経営お悩み相談室は、経営に関するお悩みを抱える経営者や経営陣の方からのご相談をお聞きし、今後とりうる現実的な選択肢をもとにプロがアドバイスをするシリーズです。
第1弾は、事業承継に関するご相談です。

相談者 経営者(建設業、60代男性、香川県在住)からの相談
40歳になる頃に今の会社を創業して20年が経ちます。幸い事業は順調ですが、同世代が引退する年齢にも差し掛かり、体力的にも自分がこのまま社長をやり続けることは難しいと感じています。息子と娘がいますが、全く違う業界で活躍しており、今から社内に戻ってもらうことは考えていません。創業時から支えてもらっている幹部職員もおりますが、社長となるには少し荷が重い気がしております。事業承継の手段やそれぞれのポイントを把握したうえで、検討を進めたいと思っておりますので、アドバイスをお願いします。

回答者 (以下 和田)

事業承継における3つの選択肢

相談者 事業承継について検討したいと思っています。方法やポイントについてアドバイスをお願いします。

相談者 事業承継の選択肢には、主に3つの方法があります。

1. 親族内承継

まず1つ目の「親族内承継」ですが、日本にある企業のうち多くがファミリー企業と言われており、事業承継の第一番の選択となっています(*1)。
事業承継は会社の「経営」の承継の他に、創業家が保有している株式である「資産」の承継も含まれるため、この点からも親族内であれば「経営」と「資産」を合わせて承継することができます。また、現代においても創業家が会社を率いている場合も多くあります(*2)が、創業家が社長であることによる社内外からの求心力があるのも大きなメリットとなります。

親族内承継のメリット・デメリット

メリット
  • 「経営」と「資産」の両方を承継しやすい
  • 創業家の出身ということで、周囲からの納得感が得られやすい
  • 事業の継続性が意識されるため、長期的視点にたった経営が行われやすい
デメリット
  • 適切なルールがない場合、会社が私物化されるなどガバナンスが機能しにくい
  • 承継者の選択によっては、家族内の対立や不和が生じる可能性がある
  • 必ずしも親族に経営能力がある人材がいるわけではない

2. 従業員承継

続いて2つ目の「従業員承継」ですが、少子高齢化による後継者不足や多様な職業選択肢の増加などから、子に親の事業を引き継ぐことができない、引き継がせたくないという事例が多くなっています。

この場合には会社の内部者である役員や従業員などに引き継ぐ方法である「従業員承継」も一つの方法であり、長年の勤務経験から企業の運営に精通しているため、比較的スムーズな経営権の移行が可能です。
一方で、経営に対する「資産」の承継・買取をどうするかといった問題や、なぜその人なのか?内部昇格の社長に経営が務まるのか?という点で周囲への納得のいく説明が必要という課題も挙げられます。

従業員承継のメリット・デメリット

メリット
  • 役員や従業員であれば事業運営に精通していることが多く、スムーズな引き継ぎが可能
  • 従業員のモチベーションや忠誠心が高まる場合がある
  • 取引先から見ても、これまでと同様の関係性を維持できるという安心感がある
デメリット
  • 株式の買取資金が必要になり、株価が高い場合には取りにくい手段である
  • 後継者をめぐってなぜその人なのかという点で社内の反発を招く可能性がある

3. 第三者承継

そして3つ目の「第三者承継」についてですが、近年大幅に増加傾向にある方法です(*3)。
デジタル化・グローバル化の進展、国内市場の縮小など、近年の企業経営は変化のスピードや対応しなければならない課題が非常に多く、経営の舵取りには大きな負担が強いられます。この点から、親族内や社内人材に任せることは荷が重く、自社と同じように企業経営の経験者である外部の企業に承継してもらう「第三者承継」(=M&A)が増加傾向にあります。
第三者承継では、譲受企業のリソースを活用することで自社の更なる成長に繋げることができるほか、株式譲渡という形で創業者が譲渡代金を一度に得ることができるといったメリットも得られます。一方で、譲渡後は譲受企業が主体的に経営を進めていくことから、譲受企業の企業文化や経営方針については慎重に確認しなければなりません。

第三者承継のメリット・デメリット

メリット
  • 譲受企業も企業経営を長年実施してきた実績があり安心感がある
  • 譲受企業の販路や人材などのリソースを活用することで、企業を成長させられる
  • 創業者は株式の譲渡により一定の売却資金を得ることができる
デメリット
  • 後継者が譲受企業から入るため、企業文化やビジョンが変わる可能性がある
  • M&A後のシナジー効果の追求の一環で、取引先の見直しや社員の処遇の見直しの可能性がゼロではない
  • M&Aにおける交渉期間が短い場合、条件面を十分に議論できないまま進めてしまう場合がある

以上が事業承継の選択肢として主に用いられる3つの方法です。親族・社内に適任者がいなさそうだという状況ですので、「第三者承継」を軸に考えられるのがよいかと思います。

第三者承継(M&A)は優先事項の整理から始めよう

相談者 よくわかりました。第三者承継について、もう少し踏み込んで検討してみたいと思います。第三者承継(M&A)は何から始めればよいのでしょうか?

和田 第三者承継において重視したい事項を整理できるとよいです。

例えば、長年の業歴から愛着のある会社名やブランドを維持したいのか、社員の雇用や待遇面を維持したいのか、大手の会社に売却して経営を安定させたいのか、承継後の生活なども考慮して株式譲渡代金を一定以上確保したいのか等々です。

複数の条件を重視することも可能ですが、事業承継はあくまで相手があってのことです。社長様が条件を高く設定するということは、相手に取っては不利な条件となる場合もあり、それだけ候補先の探索や候補先との交渉が困難になることもあります。

パートナーや譲渡先を見つける前に、事前の株価算定が可能

相談者 私が創業した会社ですので、会社名やブランドにはこだわりません。ただし従業員の雇用や待遇面は維持してあげたいと思っていおります。

株式譲渡代金は一般的な相場通りであれば、特に無理をいうつもりもありませんが、専門家に相談したり相手が分かるまでに概ねどの程度の金額になるのかは知っておきたいと思います。M&A における株価の算定は相手先がいない場合でも調べることもできるのでしょうか?

和田 重視される事項について共有いただ頂き、ありがとうございます。M&A における株価の算定は一般的に用いられる手法などを参考に、事前に確認することが可能です。ただし実際の取引の価格は相手先との交渉事ですので、必ずしもその金額になるとは限りません。それではまずは株価算定から始めてみましょう。

脚注
(*1)株式会社帝国データバンク『全国企業「後継者不在率」動向調査(2021年)』

先代経営者との関係性をみると、2021 年の事業承継は「同族承継」によ り引き継いだ割合が 38.3%に達し、全項目中最も高かった。

(*2)製パン業界で大手の山崎製パン株式会社は、創業者の飯島藤十郎氏が1948年に創業した会社であるが、現在も代表取締役社長および副社長には創業家が就任している。通信販売で有名な株式会社ジャパネットたかたは、創業者の髙田明氏に代わって、2015年に代表取締役社長に髙田旭人氏が就任している。
(*3)レコフが取りまとめた中小 M&A の実施件数は増加傾向にあり、2022年の国内企業が関連するM&Aは4,304件と過去最多を更新した。

記事は2023年10月1日現在のものです。