経営お悩み相談室は、経営に関するお悩みを抱える経営者や経営陣の方からのご相談をお聞きし、今後とりうる現実的な選択肢をもとにプロがアドバイスをするシリーズです。
第2弾は、自社の株価評価に関するご相談です。
前回の記事では、第三者承継を検討するため、株価算定から始めることになりました。当コラムでは株価算定の方法や相談先について解説します。
相談者 経営者(建設業、60代男性、香川県在住)
40歳になる頃に今の会社を創業して20年が経ちます。幸い事業は順調ですが、同世代が引退する年齢にも差し掛かり、体力的にも自分がこのまま社長をやり続けることは難しいと感じています。息子と娘がいますが、全く違う業界で活躍しており、今から社内に戻ってもらうことは考えていません。創業時から支えてもらっている幹部職員もおりますが、社長となるには少し荷が重い気がしております。事業承継の手段やそれぞれのポイントを把握したうえで、検討を進めたいと思っておりますので、アドバイスをお願いします。
回答者 (以下 和田)
目次
株価算定のアプローチは大きく「インカムアプローチ」「マーケットアプローチ」「コストアプローチ」の3つ
相談者 株価算定の方法にはどのようなものがありますか?
和田 株価算定は、大きく3つのアプローチによって計算されます。第三者承継における株価算定においては、売り手の「いくらで売りたいか」という希望と同じく、買い手の「いくらなら買えるか」という双方の目線に立った客観的な検討が必要になります。
証券取引所に上場している会社であれば、市場に流通している実際の株価で取引が可能ですが、非上場会社の株式は市場での取引価格がありません。
そこで、日本公認会計士協会の「企業価値評価ガイドライン」(*1)や中小企業庁の「中小M&Aガイドライン」(*2)では主に3つのアプローチ「インカムアプローチ」、「マーケットアプローチ」、「コストアプローチ」を定めています。
1.インカムアプローチ
まず1つ目の「インカムアプローチ」は、将来期待される利益やキャッシュフロー、配当を現在価値に置き換えて対象の価値を算定する方法です。企業の将来性を反映できる一方、事業計画が必要であったり、実現可能性についての協議が難しいという特徴があります。
インカムアプローチの主な特徴
- 企業の将来性を反映できるため、成長段階にあるスタートアップや新規事業に適用しやすい
- 事業計画の実現可能性についての協議に時間を要する
- 将来の利益やキャッシュフローを現在価値に換算するための利回りの決定が必要である
2.マーケットアプローチ
続いて2つ目の「マーケットアプローチ」は、上場している同業他社や類似取引事例など、類似する会社、事業、ないし取引事例と比較することによって相対的な価値を評価する方法です。上場株式と比較した相対的な評価アプローチであるため、市場での取引環境の反映や、一定の客観性には優れている一方で、他の企業とは異なる成長ステージにあるようなケースや、そもそも類似する上場会社が無いようなケースでは評価が困難な場合もあります。
マーケットアプローチの主な特徴
- 上場株式と比較した相対的なアプローチであるため、市場での取引環境の反映や、一定の客観性には優れている
- 評価対象固有の成長性や特徴を反映することは困難である
- 類似する上場会社が無いようなケースでは評価が困難な場合もある
3.コストアプローチ
そして3つ目の「コストアプローチ」については、主に評価対象会社の貸借対照表記載の純資産に着目して価値を評価する方法です。貸借対照表項目の時価情報が取りやすい状況であれば、客観性に優れていることが期待される一方、一時点の純資産に基づいた価値評価を前提とするため、将来の収益能力の反映や、市場での取引環境の反映は難しい点があげられます。
コストアプローチの主な特徴
- 貸借対照表をベースにしているため、客観性に優れている
- 類似上場企業の株価等は考慮していない
- 将来の収益獲得能力は考慮していない(時価純資産に実質営業利益の数年分を加味する方法(年買法)によって、収益獲得能力を考慮する方法もある)
主な株価評価方法とその特徴をまとめた表は以下の通りです。
主要なアプローチでの株価評価方法とその特徴 (*1)
アプローチ | インカムアプローチ | インカムアプローチ | コストアプローチ (ネットアセットアプローチ) |
評価方法 | 将来期待される利益やキャッシュフロー、配当を現在価値に置換して評価する(例:DCF法、配当還元法) | 上場している同業他社や類似取引事例等から価値を推定する(例:類似上場会社法、類似取引法) | 評価対象会社の貸借対照表の純資産に着目して評価する方法(例:年買法、時価純資産法) |
客観性 | △ | ◎ | ◎ |
市場での取引環境の反映 | 〇 | ◎ | △ |
将来の収益獲得能力の反映 | ◎ | 〇 | △(年買法では考慮) |
固有の性質の反映 | ◎ | △ | 〇 |
それぞれのアプローチで株価の算定結果に開きがある場合の対応
相談者 それぞれのアプローチで算定した株価の評価結果に金額の乖離がある場合はどう考えればよいのでしょうか?
和田 算定結果については、どれか一つの算定結果を用いる場合(単独法)もあれば、複数の算定結果を用いる場合(併用法、折衷法)もあります。
それぞれ見ていきましょう。
単独法
単独法は評価アプローチの中から特定の評価法を単独で適用して、価値評価を行う方法です。例えば、価格交渉のプロセスの中で、客観性のある過去実績を重視して交渉する場合、コストアプローチによって算定された価格を使用するといったことがあげられます。
併用法
併用法は複数の評価法を適用し、一定の幅をもって算出されたそれぞれの評価結果の重複等を考慮しながら、評価結果を導く方法です。例えば、インカムアプローチによって算定された価格が1億円~1.3億円、マーケットアプローチによって算定された価格が7千万円~1.2億円、コストアプローチによって算定された価格が8千万円~1.2億円の場合に、重複する部分を考慮して、1億円~1.2億円と評価することになります。
折衷法
折衷法は複数の評価法を適用し、それぞれの評価結果に一定の折衷割合を適用して、加重平均値から評価結果を導く方法です。例えば、インカムアプローチによって算定された価格が1億円~1.3億円、マーケットアプローチによって算定された価格が7千万円~1.2億円、コストアプローチによって算定された価格が8千万円~1.2億円の場合に、各評価方法の折衷割合を4割、3割、3割としたときに、8.5千万円~1.24億円と評価することになります。
株価算定は誰にお願いすればいいのか
相談者 株価算定に3つのアプローチがあることや、算定結果の読み方についても理解しました。なんだか不動産の売買における価値算定とよく似ていますね(将来の賃貸収入や売却価値から算定したり(=インカムアプローチ)、近隣の取引事例から算定したり(マーケットアプローチ)、過去の購入金額と居住年数から算定したり(コストアプローチ))。
では具体的に算定を依頼したいのですが、誰にお願いすればいいのでしょうか?
和田 専門会社や公認会計士/税理士などの専門家に依頼するほか、FinanScope Valuation でも算定可能です。
M&A 仲介会社/アドバイザリー会社に依頼する場合や、公認会計士/税理士に依頼する場合もありますし、簡易算定であれば FinanScope Valuation でも上述の3つのアプローチによる株価算定がスピーディーに実施できます。
M&A 仲介会社/アドバイザリー会社に依頼される場合は、実績のある専門会社であれば過去の取引事例などから相場情報を保有しているため、実際に売却可能な価値を提案していただける可能性が高いです。
一方で、赤字企業や今後収益が拡大しそうな事業・スタートアップの場合には、DCF 法による算定が適している場合があり、会社によっては対応していないか、算定に時間がかかる場合があります。
算定料金は無料の会社もありますが、M&A の検討を進めていただくことを前提に営業をしており、M&A が成立した場合には売却手数料も必要ですので、プロセスや料金体系に納得のうえ依頼されることをおすすめいたします。
公認会計士/税理士に依頼される場合は、顧問会計事務所等であれば日頃から自社の事業や決算について熟知しているため、信頼性や安心感があります。
一方で、専門家にも得意分野があり、顧問事務所が M&A についての経験が乏しい場合には、有益なアドバイスを得られない可能性があります。算定料金は1回当たり数十万円のところが多く、顧問契約の形態と合わせて要相談となるケースが多いです。専門知識と実績のある会計事務所を紹介いただける可能性はあります。
FinanScope Valuation では、ウェブ上に必要な情報を入力するだけで、3つの評価アプローチすべてに対応した結果を算定することが可能です。一定の回数まではシミュレーションを繰り返すことができるため、プラン内で何度でも使用することが可能です。留意点としては、入力された情報の正確性や前提条件は検証できないため、算定結果をどう解析するかについては、経営者の手腕が問われるといったことがあります。
M&A の検討スケジュールや予算なども考慮し、相談先について検討してみてください。
株価算定の依頼先とその特徴
アプローチ | M&A 仲介会社/ M&Aアドバイザリー会社 | 公認会計士/税理士 | FinanScope Valuation |
特徴 | 将来期待される利益やキャッシュフロー、配当を現在価値に置換して評価する(例:DCF法、配当還元法) | 上場している同業他社や類似取引事例等から価値を推定する(例:類似上場会社法、類似取引法) | 評価対象会社の貸借対照表の純資産に着目して評価する方法(例:年買法、時価純資産法) |
各アプローチへの対応可否 | 主にコストアプローチとマーケットアプローチ | 専門性による(相続評価のみならず、M&A における知見を有している必要がある) | 3つの評価アプローチすべてに対応 |
費用 | ・着手金として数十万円 ・無料の場合も M&A の検討を進めることを期待される | 1回当たり数十万円 | ・年間数万円 ・プラン内で何度でもシミュレーション可能 |
依頼時の留意点 | M&A プロセスを進める意思があること、最終的な売却時の手数料に納得できる場合は早く進めることができる | M&A 実務の経験が少ない場合は相場観が分からない場合がある | ・入力情報の正確性や前提条件は検証できない ・算定結果の解析にある程度の知見が求められる |
記事は2023年10月1日現在のものです。