和田拓馬(株式会社デジタルキューブ 取締役 / 公認会計士・税理士)
上場準備を担う CFO や管理部長というポジションについて、「監査法人出身の公認会計士でなければ務まらない」というイメージを持たれている方は少なくありません。実際には、監査法人から事業会社に転じる方もいれば、証券会社や IPO コンサルティング会社を経由する方、社内の経理・総務から昇格する方、さらには営業や事業部門などまったく異なる職種から管理部門に移る方もいます。
本稿では、上場準備人材のキャリアパスを類型化しながら、それぞれの強みと課題を整理します。あわせて、TOKYO PRO Market(以下、TPM)という選択肢が、こうしたキャリアの間口をどのように広げているかについても、実際に FinanScope をご利用いただいている企業の事例を交えながら解説します。上場準備ポジションを目指す個人の方にとっても、採用や登用を検討する経営者の方にとっても、参考になる内容を目指しました。
目次
上場準備人材の主要なキャリアパターン
上場準備を担う人材のキャリアは、大きく5つのパターンに整理できます。
1. 監査法人・会計事務所出身(公認会計士・税理士)
会計監査や IPO 支援の実務経験を持つ公認会計士が、事業会社の CFO や管理部長に転身するケースです。会計基準や監査対応への理解が早く、監査法人や J-Adviser との折衝もスムーズに進めやすいという強みがあります。
一方で、監査法人時代は「チェックする側」であった立場から、事業会社では「準備・説明する側」に回るという意識の転換が必要になります。また、社内の関係者を巻き込みながらプロジェクトを推進する経験は、監査業務だけでは積みにくい部分でもあります。
2. 証券会社・IPO コンサル・J-Adviser 出身
上場審査のプロセスそのものに精通しているという強みを持つパターンです。審査でどこが論点になりやすいかを事前に把握できるため、準備の優先順位づけに長けています。
反面、経理や労務など現場の実務については、事業会社に入ってから改めて土地勘を身につける必要があるケースが多く見られます。
3. 事業会社内部からの昇格(経理・総務からの叩き上げ)
社内の経理担当者や総務担当者が、上場準備の責任者に昇格するパターンです。自社の事業内容や組織文化への理解が深く、社内からの信頼も厚いという強みがあります。地方企業では、外部からの採用が難しい中で、この形が現実的な選択肢になることも多いでしょう。
課題としては、会計基準や開示ルールなど、外部の専門知識を新たにキャッチアップする必要がある点、そして監査法人や証券会社といった社外の専門家と対等に議論できる立場を確立する点が挙げられます。
4. 異業種・非管理部門からの転身(営業・事業部門など)
管理部門の経験がまったくない状態から、上場準備の責任者に抜擢されるパターンです。専門知識はゼロからのスタートになりますが、事業側の言葉で社内外に説明できる、社内の関係者を巻き込む力が強いといった強みを持つ場合があります。このパターンには、いくつかの実例があります。
ナウビレッジ株式会社の三宮氏は、新卒で営業職としてキャリアをスタートし、人事・経理・経営企画など幅広い職種を経験したのち、取締役 CFO として同社の TPM 上場準備を主導しました。管理部門が3名という少人数体制の中、経理・財務・人事・法務・総務までを一人で統括し、監査法人や J-Adviser、税理士法人との窓口を一本化することで、スピーディな意思決定を実現したといいます。三宮氏は、専門知識そのものよりも、営業職で培ったコミュニケーション能力や、分からない部分を都度専門家に相談する姿勢が上場準備で活きたと振り返っています。
参考:創業4年半で TPM 上場を実現!ナウビレッジ CFO が明かす FinanScope を活用した上場準備のポイント
グローカルマーケティング株式会社の元 CFO 兼経営企画部長、山﨑俊輔氏の例も対照的です。事業部門での経験が中心で管理部門の経験がなかったところ、高校の同期であった代表からの誘いを受けて上場準備の責任者として参画し、TPM 上場を実現しました。山﨑氏は、戦略的に CFO を目指したわけではなく、巡ってきたご縁を大切にしてきたと語っており、未知の領域でもチャンスが来たときに飛び込めるマインドセットと、損得勘定抜きで人との交流を深める姿勢が、結果的に新たなキャリアや機会を引き寄せると述べています。
参考:【FinanScope定例セミナー】地方企業の上場戦略と CFO キャリアパスについて
三宮氏が段階的に幅広い職種経験を積み上げたうえで CFO に至ったのに対し、山﨑氏はほぼ未経験の状態から機会を得て飛び込んだという違いはありますが、いずれも「専門知識は後から補える」という前提のもと、社外の専門家を頼りながら役割を全うしている点は共通しています。
5. 複数社を渡り歩く「プロ管理部長・CFO」
一社での上場を経験したのち、別の企業の上場準備を担うために転職するパターンです。即戦力として複数の上場準備プロジェクトの経験からパターン認識ができるという強みがある一方、カルチャーフィットの問題や、IPO の時期変更・延期などをきっかけに定着しないケースも見られます。採用する企業側としては、事前に期待値をすり合わせておくことが重要になります。
これら5つのパターンは互いに排他的なものではなく、実際には複数の要素を併せ持つ方も多くいます。重要なのは、出発点がどこであっても、上場準備の責任者というポジションにたどり着く道筋は一本ではないという点です。
TPM という選択肢がキャリアの間口を広げている
上場準備人材のキャリアの多様性を考えるうえで、TPM という市場の特性は無視できません。
一般市場(グロース市場・スタンダード市場など)への IPO を目指す場合、CFO には財務戦略の立案や資本政策の検討、投資家向けの IR 戦略など、高度で幅広い専門性が求められます。実際に、一般市場を目指す体制では、CFO が経営メンバーとして財務戦略の立案と実行を担うことが前提とされています。
一方 TPM では、一般投資家が参加しないため、ファイナンスや IR 戦略に関する高度な知見までは必須とされていません。CFO 候補に求められる役割は、上場プロジェクトの PM として関係各所と調整し、社内の管理業務を推進する「管理部長」としての実務面が中心になります。この違いが、会計士や証券会社出身者でなくとも管理部長ポジションに就く選択肢を、社内昇格や異業種からの転身という形で現実的なものにしています。
こうした間口の広さは、TPM に限った話でもありません。株式会社アーリークロスは、税理士法人グループから独立して企業型 DC(企業型確定拠出年金)事業を展開する福岡の企業で、姉妹市場である Fukuoka PRO Market の開設を機に上場準備を開始しました。代表の花城氏自身、IPO の経験がなく解像度が低い状態だったと振り返っており、管理部門のメンバーも大半が未経験のうえ、福岡と北海道に分かれたリモート体制でタスク管理や情報共有をどう見える化するかが課題だったといいます。
参考:「みらいのおかねをデザインする」福岡発・企業型 DC 導入支援のアーリークロスが、上場準備に FinanScope を活用
同社が重視したのは、社内に IPO 経験者を新たに揃えることではなく、上場準備クラウドを使って担当者ごとにタスクを分担し、F-Adviser を務める証券会社(フィリップ証券)や外部専門家とのやり取りを一つの場所に集約することでした。管理部門の関氏は、以前に上場準備中の企業を経験していたものの、複数拠点のリモート体制では Excel やスプレッドシートでの管理に限界を感じていたと述べています。やり取りをツール上に集約したことで、証券会社や監査法人など外部のアドバイザーからも進捗を把握できるようになり、拠点が分かれていても足並みを揃えやすくなったといいます。
代表自身に上場準備の専門知識がなくても、外部の判断軸とツールを組み合わせることで前進できるという点は、Fukuoka PRO Market に限らず、TPM を含むプロマーケット全般に共通する間口の広さを裏づける実例といえるでしょう。専門知識を持つ人材の不在を、社内の誰か一人がすべて背負うのではなく、外部の判断軸を借りることで乗り越えるという発想は、社内昇格や異業種からの登用を検討する企業にとっても参考になる視点です。
キャリアの出発点に関わらず共通して問われる資質
5つのパターンと3社の実例を見比べると、出発点は違っても、上場準備の責任者に共通して求められる資質が見えてきます。
プロジェクトマネジメント力
上場準備は、経理・財務・法務・労務など多岐にわたるタスクを、監査法人や J-Adviser、社内の各部門と調整しながら進めるプロジェクトです。三宮氏が窓口を一本化することで意思決定を迅速化したように、専門知識そのものよりも、タスクを分解し関係者を巻き込みながら計画を推進する力が、実務上はより重要になる場面が多くあります。
学習意欲とキャッチアップの速度
会計や開示ルールなどの専門知識は、出発点がどこであっても、実務を通じて後から積み上げることが可能です。むしろ問われるのは、わからないことを放置せず、外部専門家に適切に相談しながら学び続ける姿勢です。三宮氏が「分からない部分は都度質問・相談しながらクリアにしていった」と語るように、専門知識の有無よりも、相談し続ける姿勢の方が実務上は重要になる場合があります。
経営者との距離感
管理部長・CFO は、経営陣に近い立場でありながら、時には経営者の意思決定に対して「それはできません」と伝える役割も担います。この立ち位置を理解し、経営者と適切な緊張関係を保てるかどうかは、出身がどこであっても問われる資質です。
社外の専門家に対して臆さない胆力、そしてご縁を活かす姿勢
監査法人や証券会社出身者にとっては、これまで「説明を受ける側」であった立場から「説明する側」への転換が課題になります。一方、事業会社出身者や異業種出身者にとっては、社外の専門家に対して臆さず疑問を投げかけ、必要な議論を尽くす胆力が問われます。
加えて、山﨑氏の例が示すように、上場準備の責任者というキャリアは、戦略的に狙って得るものだけとは限りません。損得勘定抜きに人との関係を築いてきたことが、結果的に大きな機会につながるケースもあり、日頃からの人的なつながりが、キャリアの選択肢を広げる土壌になり得ます。
企業側が採用・登用を検討する際の視点
上場準備人材の確保に悩む経営者にとって、選択肢は外部採用だけではありません。
キャリアパターンごとに補うべき点は異なります。会計士出身者を採用する場合は、社内の巻き込み力やプロジェクトマネジメント経験を面談で確認することが有効でしょう。社内昇格や異業種からの登用を検討する場合は、ナウビレッジ社の事例のように、専門知識の不足を社内の一人に背負わせるのではなく、監査法人や J-Adviser、上場準備クラウドといった外部の伴走支援を組み合わせることで補うことができます。
特に地方企業では、外部からの専門人材の採用が難しいケースが多く見られます。そうした状況では、社内昇格や異業種からの登用という選択肢を初めから排除せず、TPM という制度的な柔軟性と、外部の伴走支援を前提に検討することが、現実的なアプローチになるでしょう。
まとめ ── キャリアの入り口は一つではない
本稿では、上場準備人材のキャリアパスを5つのパターンに整理し、ナウビレッジ株式会社、グローカルマーケティング株式会社、株式会社アーリークロスという3社の実例を交えながら、それぞれの強みと課題、共通して問われる資質について解説しました。
- 監査法人・証券会社出身、事業会社内部からの昇格、異業種からの転身、複数社を渡り歩くプロ人材など、上場準備人材のキャリアには複数の道筋がある
- 異業種からの転身には、段階的に職種経験を積み上げる形(ナウビレッジ・三宮氏)と、ご縁をきっかけに未経験から飛び込む形(グローカルマーケティング・山﨑氏)があり、いずれも専門知識は後から補えるという前提が共通する
- TPM は一般市場に比べて求められる専門性の幅が狭く、社内昇格や異業種からの転身を現実的な選択肢にしている。地方企業では、外部の伴走支援と組み合わせることで、この間口の広さをさらに活かせる(アーリークロス・関氏)
- 出発点に関わらず、プロジェクトマネジメント力・学習意欲・経営者との距離感・社外専門家との対等な緊張関係を築く胆力が共通して問われる
上場準備の責任者というポジションに、唯一の正解ルートはありません。外部採用だけでなく、社内の人材に目を向けることも含めて、自社に合った道筋を検討していただければと思います。
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